ルベン・アモリム

From Wikipedia, the free encyclopedia

本名 Rúben Filipe Marques Amorim[1]
ラテン文字 Rúben Amorim
生年月日 (1985-01-27) 1985年1月27日(40歳)[1]
ルベン・アモリム
名前
本名 Rúben Filipe Marques Amorim[1]
ラテン文字 Rúben Amorim
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 (1985-01-27) 1985年1月27日(40歳)[1]
出身地 リスボン
身長 178cm[2]
体重 77kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2008 ポルトガルの旗 ベレネンセス 96 (4)
2008-2017 ポルトガルの旗 ベンフィカ 95 (5)
2012-2013 ポルトガルの旗 ブラガ (loan) 31 (4)
2015 ポルトガルの旗 ベンフィカB 2 (0)
2015-2016 カタールの旗 アル・ワクラ (loan) 9 (2)
通算 237 (15)
代表歴
2003 ポルトガルの旗 ポルトガル U-18 3 (0)
2003-2004 ポルトガルの旗 ポルトガル U-19 13 (0)
2004-2005 ポルトガルの旗 ポルトガル U-20 13 (0)
2005-2008 ポルトガルの旗 ポルトガル U-21 10 (0)
2010-2014 ポルトガルの旗 ポルトガル 14 (0)
監督歴
2018-2019 ポルトガルの旗 カーザ・ピア
2019 ポルトガルの旗 ブラガB
2019-2020 ポルトガルの旗 ブラガ
2020-2024 ポルトガルの旗 スポルティングCP
2024-2026 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルベン・フィリペ・マルケス・アモリムRúben Filipe Marques Amorim ポルトガル語発音: [ˈʁubɛn ɐmuˈɾĩ]1985年1月27日 - )は、ポルトガルリスボン出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。元ポルトガル代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー

現役時代は同胞のティアゴ・メンデスのようにセントラルMFとして守備的にも攻撃的にもプレーが出来、さらに右SHや右SBとしてもプレーした[3]

ベレネンセス

2000年からSLベンフィカのユースチームに所属。2002年にCFベレネンセスのユースへ移籍し、2003年にトップチーム昇格。12月14日のFCアルヴェルカをホームに迎えた試合で、試合終了残り1分での出場がスーペル・リーガデビュー戦、チームは2-0で勝利した。以降はユースとトップ両方の試合に出場し、2005-06シーズンからは完全にトップチームへと移行していった。

2007年夏になると、ユース時代を過ごしたSLベンフィカを始めSCブラガ, FCポルトのポルトガル国内のみならずトッテナム・ホットスパーFC, トゥールーズFC等の国外のクラブも興味を示したが、アモリム本人は残留を希望し、またクラブ側もオファーを拒否した。このシーズンは29試合2,491分出場し、8位でフィニッシュした。

ベンフィカ

2008年4月、ベレネンセスとの契約が終了したアモリムはフリーエージェントでSLベンフィカに移籍した。1年目の2008-09シーズンからレギュラーとしてプレーすると、11月23日のアカデミカ・コインブラ戦で移籍後初ゴールを決め2-0で勝利した。2009-10シーズン、チームは実に5シーズンぶりとなるリーグとタッサ・ダ・リーガをするも、新加入のハビ・ガルシアラミレスの影響で24試合中スタメン10試合に減少、その少ない時間の中で顕著なプレーを見せ、優勝に貢献した。

2010-11シーズンは、ジョルジェ・ジェズス監督の下でレギュラーとして再びプレーしていたものの、2011年1月19日に両膝の手術のため数ヶ月欠場することを余儀なくされた[4]

2011年10月初期、ポルトガル代表に招集中に、"チームはたった1人の代表選手なしで殆どの試合をしている"と自国人をあまり起用しないジェズス監督を批判した[5]。12月のリオ・アヴェFC戦では、数分間ウォーミングアップをしても使われない苦境にますます嫌気が差し、さらに試合後にベンチの選手としてトレーニングすることを拒否したため懲戒処分を受けた[6][7]。2012年1月30日、翌2013年6月までの期間でSCブラガへ貸し出された[8]。2015年8月14日、アル・ワクラSCへ1シーズン貸し出された。

2017年4月4日、現役引退を発表した[9]

代表

ポルトガル代表時代(2013年)

ポルトガル代表としてオランダで開催されたUEFA U-21欧州選手権2007に出場した。最終的に5位決定戦でイタリアに敗れたため、翌年の北京オリンピック出場は出来なかった。

2010年5月10日、当初は2010 FIFAワールドカップの23名に選ばれず[10]、6名のバックアップメンバーとしての登録だった[11]。しかし、ナニが左鎖骨の怪我で離脱したため、追加招集という形ながらも、2010 FIFAワールドカップのメンバーに選出された[12][3]。6月15日のコートジボワール戦で試合終了残り5分のところでラウール・メイレレスに代わり出場し、A代表デビューを果たした。

指導者時代

2018-19シーズンにポルトガル3部のカーザ・ピアACで監督業をはじめたが、2019年1月に辞任[13]

SCブラガ

2019年9月にSCブラガリザーブチーム英語版の監督に就任したが[14]、わずか3ヶ月後の12月にトップチーム監督のリカルド・サ・ピントが解任され、後任としてブラガ監督に就任する[15]。2020年1月25日、カップ戦タッサ・ダ・リーガ決勝でFCポルトに勝利し、監督として初のタイトルを手にした[16]。しかしシーズン途中の同年3月に辞任し、スポルティングCPに電撃移籍した。

スポルティングCP

2020年3月のシーズン途中から、母国の名門クラブ・スポルティングCPの監督に就任。前所属のSCブラガに高額の違約金を支払っての獲得であった[17]。翌2020-21シーズンでは早々にクラブの期待に応え、チームを19年ぶりのプリメイラ・リーガ優勝に導く[18]。カップ戦タッサ・ダ・リーガも制覇して、フルシーズン初年度から2冠の大きな結果を残した。

翌2021-22シーズンは昨シーズンと同じ勝ち点85ポイントを獲得しながらもプリメイラ・リーガ2位に甘んじたが、タッサ・ダ・リーガを2連覇している。

2023-24シーズン、3年ぶりのプリメイラ・リーガを制覇[19]

2024年11月1日、プレミアリーグマンチェスター・ユナイテッドFC監督の移籍を発表[20]。10日の国内リーグ戦を最後に、リーガ全勝の成績でチームを離れた[21]

マンチェスター・ユナイテッド

2024年11月、ポルトガルのスポルティングCPから途中移籍し、11日よりチームに就任[22]。2027年6月までの契約で、1年間の延長オプションが付帯している。リーグ戦27試合7勝6分14敗の15位。ヨーロッパリーグ準優勝の結果に終わった。

2025-26シーズン、自身の戦術である3バックシステムに固執。勝ち点を取りこぼす中で「私の哲学を貫く」「ローマ教皇でさえも私の考えを変えることは出来ない」と宣った[23]。実際10月の3試合は全勝し就任後初の3連勝を達成。3戦全勝無失点のアルテタ(アモリムは3失点)を抑え10月度の月間MVPを受賞し、軌道に乗ったかに思われた[24][25]が、第12節のエヴァートン戦ではエヴァートン側の選手が仲間割れで1人退場し10人相手になっていたにも関わらずホームで0-1で敗戦[26]。順位上格下のウェストハムやボーンマス相手に引き分けに終わり勝ちきれない試合が増えた。

アフリカネイションズカップ2025開催によりムベウモマズラウィアマドら主力のアフリカ人選手の離脱やケガ人の離脱によってスカッドのやりくりを強いられるとついに第18節のニューカッスル戦で4バックを採用。3バックで不調だったドルグが躍動し得点を決めそのまま勝利したが、2025年最後の試合、最下位のウルヴス相手にホームで再び3バックに戻すと1-1の痛恨のドローで勝ち点2を取りこぼした。続くローズ・ダービーも引き分けに終わると、「私はコーチではなくマネージャーとして来た。そうありたい」「スカウト部門、スポーツディレクターらそれぞれの部門が仕事をしなければならない」とフロント批判ともとれる発言をした。

2026年1月5日に解任された[27]。データサイト『Opta』によると、アモリムは就任してからの約14ヶ月間でマンチェスター・ユナイテッド史上最低勝率(32%)、最低クリーンシート率(15%)、1試合あたりの失点数最多(1.53点)を記録していた[28]

個人成績

クラブ

クラブ シーズン リーグ カップ リーグカップ 国際大会 その他 通算
ディビジョン 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ベレネンセス 2003-04プリメイラ・リーガ2000000020
2004-05プリメイラ・リーガ170000000170
2005-06プリメイラ・リーガ253100000263
2006-07プリメイラ・リーガ231610000292
2007-08プリメイラ・リーガ290100020320
通算964810020001065
ベンフィカ 2008-09プリメイラ・リーガ262205020352
2009-10プリメイラ・リーガ2432021100384
2010-11プリメイラ・リーガ12020102010180
2011-12プリメイラ・リーガ60200060140
2013-14プリメイラ・リーガ170605090370
2014-15プリメイラ・リーガ10000100010120
通算955140141290201546
ベンフィカB 2014-15リーガ・ポルトガル22020
ブラガ (loan) 2011-12プリメイラ・リーガ80000020100
2012-13プリメイラ・リーガ224304170365
通算30430419000465
アル・ワクラ (loan) 2015-16スターズリーグ142142
総通算237152511824002032218

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 14試合 0得点(2010年-2014年)[29]
ポルトガル代表国際Aマッチ
出場得点
201010
201230
201360
201440
通算140

監督成績

2024年11月11日現在
クラブ 就任 退任 記録
勝率 %
カーザ・ピア ポルトガルの旗 2018年7月1日 2019年1月7日 4301173+14075.00
ブラガB ポルトガルの旗 2019年9月16日 2019年12月23日 11821277+20072.73
ブラガ ポルトガルの旗 2019年12月23日 2020年3月4日 1310122713+14076.92
スポルティングCP ポルトガルの旗 2020年3月4日 2024年11月10日 2311643433510199+311071.00
マンチェスターU イングランドの旗 2024年11月11日 2026年1月5日 63251523122114+8039.68
通算 3222105260703336+367065.22

タイトル

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI