ルーヴェン・カトリック大学
ベルギーの大学
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ルーヴェン・カトリック大学(ルーヴェン・カトリックだいがく、オランダ語: Katholieke Universiteit Leuven、英語: KU Leuven)は、ベルギーのルーヴェンにある研究大学で、1425年に設立されたベルギー最古かつネーデルラント地域最古の総合大学。略称はKUL。ベルギーの最高峰かつ最大規模の大学であり大陸ヨーロッパを代表する中世大学の内の1つ。トムソン・ロイターの「大学総合ランキング」では世界第7位(2019年)に、「ヨーロッパで最も革新的な大学(Europe's most innovative universities)ランキング」では、4年連続で第1位に選ばれた[1]。
| Katholieke Universiteit Leuven | |
| 別名 | University of Leuven, ルーヴェン・カトリック大学 |
|---|---|
| モットー | Seat of Wisdom(知恵の中心地) |
| 種別 | Public |
| 設立年 | 1425年 |
| 資金 | €950,000,000 |
| 理事長 | Herman Daems |
職員数 | 11,534 |
| 学生総数 | 65,534 |
| 所在地 |
ベルギー Vlaams-Brabant,Leuven, Belgium |
| 教授言語 | オランダ語、英語 |
| スクールカラー | 青と白 |
| 公式サイト |
www |
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| |

概要
フランデレン地域政府管轄で、よって基本的にはフラマン語(オランダ語)が教授言語である[注釈 1]。ベルギー政府によって高等教育におけるフラマン語使用は長らく禁止されていたが、1930年代以降、フラマン語話者人口の増加を受けて、フラマン語教育を実施し始めた[2] 。とは言え、英語でのプログラムも数多く開講されており、EUの首都であるブリュッセル在所のベルギーという立地からも、欧州を中心とした留学生に広く門戸を開いている。
英語公称はKU Leuven。そのため、対外的公称や世界大学ランキングでも、KU Leuvenと表記され、Catholic University of Leuvenとは表記されない。イメージカラーは青と白。鍵のエンブレムもシンボルとなっている。なお、世界最大のビールメーカーであるアンハイザー・ブッシュ・インベブは、ここルーヴェンに本社を構える[3]。大学とは寄付講座など通して密接な関係を保っている。
カトリックと名前がついているものの、現代において教育的な意味合いでのローマ・カトリック色は薄れている。しかし、歴史的にカトリック神学の発展に重要な役割を果たしており、今も聖母マリア由来である”Seat of Wisdom”を大学のモットーと定めている。
歴史
1425年12月9日に発布されたローマ教皇マルティヌス5世による勅書によって設立された[4]。現存するカトリック系大学では世界最古の歴史を誇る[5]。また低地地方(ネーデルランド)において最古の大学である。創立当時には、人文学、法学、教会法学、医学の四つの学科で構成されていた。創立100年後を過ぎた頃には、約200人の留学生を含む約2,000人の学生を抱えるヨーロッパを代表する学術機関の一つとして考えられるようになった[6]。

16世紀には人文主義者として著名なエラスムスが教え、ヘブライ語・ラテン語・ギリシャ語を学ぶカレッジを設立したことで知られる。近代医学革命を引き起こした人体解剖学の創始者アンドレアス・ヴェサリウスもここで教鞭をとった。[7] また、三角測量を発展させたゲンマ・フリシウスや、メルカトル図法のゲラルドゥス・メルカトルらもここで学びまた教えた。[7]
フランスによるベルギー合併後の1797年、同大学は一時閉鎖に追い込まれた。しかしながら、1817年にはオランダー王ウィレム1世によって、カトリック色の薄いルーヴェン国立大学(en)として再出発した[7]。その後、ベルギーがオランダー王国から独立した後、同大学は、フランス語系・ローマ・カトリック系の大学として再編された[2]。
20世紀に入って、ルーヴェン・カトリック大学は再び危機を迎える。第一次世界大戦当時、ドイツ軍の侵攻によって、大学図書館などキャンパスの多くの建物が焼失した。中央図書館は、第二次世界大戦における1940年ドイツのベルギー侵攻によっても再び焼失した。ベルギーの言語戦争も大きな課題であった。フラマンデレン地域に位置しているにもかかわらず、フランス語を教授言語としていた大学に対する学生の反発は強くなるばかりであった。結局、ルーヴェン・カトリック大学は、フラマンデレン地域の人々を対象とするフラマン語を教授言語とする教育機関と位置付けられた。一方、フランス語話者のためには、新たな大学都市のルーヴァン=ラ=ヌーヴを中心とする、ルーヴァン・カトリック大学として分割された。[6]
評価
ルーヴェン・カトリック大学は、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の本部があり、「欧州の首都」と称されるブリュッセルを抱えるベルギーにおいて、最も高い評価を受ける大学である[8]。2019年のトムソン・ロイター世界大学ランキングにおいて、世界第7位、ヨーロッパ第1位(4年連続)にランクされた。2025年のTHE世界大学ランキングにおいて、世界第43位にランクされた[9]。2025年のQS世界大学ランキングにおいて、世界第63位にランクされた。2024年の世界大学学術ランキングにおいて、世界第78位にランクされた。2024年のU.S. News & World Report世界大学ランキングにおいて、世界第48位にランクされた。
ルーヴェン・カトリック大学は、欧州内の名門大学で構成される組織「コインブラ・グループ」の一員である。また、学術研究に特に優れたエリート大学で構成されるヨーロッパ研究大学連盟(League of European Research Universities)の一員でもあり、連盟本部がルーヴェンに置かれている。EU域内の大学との学生交流にも力を入れており、エラスムスなどのプログラムを利用して多くの学生が学んでいる。2022年の実績では、学生の約21%が留学生 (13,479名)であった。[10]
ルーヴェン・カトリック大学の世界大学ランキングにおける年度別評価
| Year | 世界大学ランキング | ヨーロッパ大学ランキング | 非英語圏内大学ランキング |
|---|---|---|---|
| 2019 | 48 (THE) | 81 (QS) | 15 (THE) | 27 (QS) | 11 (THE) |
| 2020 | 45 (THE) | 80 (QS) | 14 (THE) | 25 (QS) | 10 (THE) |
| 2021 | 45 (THE) | 84 (QS) | 14 (THE) | 25 (QS) | 10 (THE) |
| 2022 | 42 (THE) | 70 (QS) | 13 (THE) | 25 (QS) | 10 (THE) |
| 2023 | 42 (THE) | 76 (QS) | 12 (THE) | 23 (QS) | 8 (THE) |
| 2024 | 45 (THE) | 61 (QS) | 12 (THE) | 19 (QS) | 11 (THE) |
| 2025 | 43 (THE) | 63 (QS) | 12 (THE) | 18 (QS) | 10 (THE) |
学部
カレッジ
特にルーヴェンの街の中心部に点在している。現在のルーヴェンにおいては教育の主体としてでなく、建物としてのカレッジをさすことが多い。主なカレッジとして以下のものがある。
- De Valk College (College of Falcon:1434年設立):Law
- De Lelie College (College of Lily):Arts Faculty
- De Burchat College (College of Fortress):Arts Faculty
- Het Valken College (College of Pig):Arts Faculty
- Pauscollege (Pope's College:1523年設立): Faculty of Theology and Religious Studies
- Maria Theresia College(1778年設立): Faculty of Theology
- Koningscollege (King's College:1579年設立):Zoological Institute
- Premonstratensian College(1571年設立):Institute for Physics
- Atrechtcollege (Arras College:1508年設立):Study Advisory Centre and Chinese Studies
- Van Dalecollege (Van Dale College:1569年設立):Student Facilities Department
- Heilige Geestcollege (College of the Holy Spirit):Student Residence
- Hogenheuvelcollege (High Hill College): Faculty of Economics and Business
キャンパス
日本との関係

第一次世界大戦当時、ドイツ軍の侵攻によって、大学図書館などキャンパスの多くの建物が焼失した。軍事施設ではなく学術機関を対象に攻撃を行ったという事実は世界でも大きく非難され、欧米各国はもちろん日本でもルーヴェン国際事業委員会が設立され、東京帝国大学などで義援金が募られた[11]。1921年(大正10年)3月3日から9月3日にかけて皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)がヨーロッパ各国を歴訪した折には、6月20日に大学を訪問している[12]。大戦後、アメリカなど各国からの義援金やドイツの賠償金によって図書館が再建された際、日本からは約14,000冊の和古書等が寄贈された。これらの多くは第二次世界大戦の戦火を免れ、2026年6月24日に今上天皇が同大学図書館を訪問した際、寄贈書のうち『日本書紀』『栄花物語』などが閲覧に供された[13]。
著名な卒業生・関係者
- デジデリウス・エラスムス - 人文主義者『愚神礼賛』
- アンドレアス・ヴェサリウス - 近代医学革命の先駆者『ファブリカ』
- ゲラルドゥス・メルカトル - 地理学者(メルカトル図法)
- ジョルジュ・ルメートル - カトリック司祭、天文学者、宇宙物理学者、ビッグバン理論の先駆者
- ゲンマ・フリシウス - 数学者、地図製作者(三角測量)
- アルベール2世 - 第6代ベルギー国王
- ハドリアヌス6世 - ローマ教皇
- クリスチャン・ド・デューブ - 細胞生物学者(1974年ノーベル生理学・医学賞)
- アルベルト・クラウデ - 細胞生物学者(1974年ノーベル生理学・医学賞)
- オーギュスト・ベールナールト - ベルギー王国元首相(1907年ノーベル平和賞)
- ドミニク・ピール - カトリック司祭(1958年ノーベル平和賞)
- ヘルマン・ファン・ロンパウ - ベルギー王国元首相、初代EU理事会議長
- ジャン=リュック・デハーネ - ベルギー王国元首相
- イヴ・ルテルム - ベルギー王国元首相
- プロスペ・プレ - ベルギー王国元首相
- バルト・デウェーフェル - ベルギー王国首相
- ヴィクトル・レーマンス - 欧州議会元議長
- テオドール・シュワン - 生理学者、細胞説の提唱者、組織学の創始者
- フアン・ルイス・ビベス - 人文主義者
- ベルナール・デュ・ビュス・ド・ジジニー - 鳥類学者、古生物学者
- コルネリウス・ヤンセン - カトリック神学者
- ヨハン・ニコラウス・フォン・ホントハイム - カトリック神学者
- レンベルト・ドドエンス - 植物学者
- ユストゥス・リプシウス - 文献学者、人文学者
- ロベルト・ベラルミーノ - ローマ・カトリック教会の枢機卿
- レオ・ジョセフ・スーネンス - ローマ・カトリック教会の枢機卿
- ジョン・ディー - 錬金術師、占星術師
- オットー・フォン・ハプスブルク - 政治家、ハプスブルク家家長、ナチス・ドイツのオーストリア併合に徹底抗戦
- カール・ルートヴィヒ・ハプスブルク=ロートリンゲン -実業家(兄オットーとオーストリア解放に尽力)
- アブドル・カディル・カーン - 原子核物理学者、金属工学者、パキスタンの「核開発の父」
- グスタボ・グティエレス - 神学者、解放の神学の提唱者
- フェルディナント・フェルビースト - 宣教師
- ユージン・クーマン - カトリック神父、植物学者、菌学者
- エミール・ヴェルハーレン - 詩人
- ポール・ブルケ - ネスレ会長
- アンリ (パリ伯) - フランスの旧王家オルレアン家の家長
- マティアス・コールマン - 経済協力開発機構(OECD)事務総長
- キム・ゲバエルト - 北京オリンピック陸上4×100mリレー金メダリスト
- エドゥアール・ンギレンテ - ルワンダ共和国元首相
- ポール・デ・グラウウェ - 経済学者
- マーク・ヴァン・デ・ミエループ - 古代オリエント史学者
- フィンセント・ライメン - 暗号学者
- 翁文灝 - 地質学者・政治家、中華民国初代行政院長
- 李孝祥 - 詩人・哲学者・政治家、韓国国会議長
- 佐々木敏 - 医者、栄養学者、東京大学名誉教授
- 藤田治彦 - 美術史家、大阪大学名誉教授
- 雨谷昭弘 - 電気工学者、同志社大学名誉教授
- 山村正俊 - 原子核物理学者、関西大学名誉教授
- 森知也 - 経済学者、京都大学教授
- 松浦寿幸 - 経済学者、慶應義塾大学教授
- 中野誠 - 経営学者、一橋大学大学院教授
- 岡崎晴輝 - 政治学者、九州大学教授