レッド・ミッチェル
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| レッド・ミッチェル Red Mitchell | |
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レッド・ミッチェル(中央・1972年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Keith Moore Mitchell |
| 生誕 | 1927年9月20日 |
| 出身地 |
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| 死没 |
1992年11月8日(65歳没) |
| ジャンル | ジャズ |
| 職業 | ミュージシャン、作曲家 |
| 担当楽器 | ベース |
| 公式サイト |
www |
レッド・ミッチェル(Red Mitchell)ことキース・ムーア・ミッチェル(Keith Moore Mitchell、1927年9月20日 ニューヨーク - 1992年11月8日 オレゴン州セイラム)は、アメリカ合衆国のジャズ・ダブルベース奏者で作詞家・詩人・作曲家。クール・ジャズのミュージシャンに分類されている。ホイットニー・ミッチェルの兄。
エンジニアで音楽愛好家の父親と、詩を愛好する母親との許にニュージャージー州で育つ。最初はピアノやアルト・サクソフォーン、クラリネットを学んだ。コーネル大学より表彰されて工学で奨学金を得るが、1947年までに米軍でダブルベースを演奏した。1948年にはニューヨークでジャズ・トリオの一員として演奏した。マンデル・ロウやチャビー・ジャクソン、チャーリー・ヴェンチュラ、ウディ・ハーマン、レッド・ノーヴォ、ジェリー・マリガンらとの演奏や録音で知られ、1950年代初頭に西海岸のジャズ界に合流してからは、ハンプトン・ホーズ、ビリー・ホリデイ、スタン・セルツァー、オーネット・コールマンらとの演奏活動や録音活動で知られた。ロサンゼルス周辺のテレビ局や映画スタジオにもベーシストとして参加し、時々スクリーンにもお目見えした。また、タル・ファーロウやズート・シムズについてのドキュメンタリーにも出演している。
1960年代初頭にサクソフォーン奏者のハロルド・ランドと共同でクインテットを結成した。1966年に自身のダブルベースの調弦を、ヴァイオリン属と同じ5度間隔に変更し、ベース奏者にとっての多くの可能性を拓いた。1968年にストックホルムに移住し、1986年と1991年には、ピアニストやベース奏者ならびに歌手としての録音に対して、また、作詞・作曲に対して、スウェーデン・グラミー賞を授与された。この頃を通して、クラーク・テリーやリー・コニッツ、ハーブ・エリス、ジム・ホール、ジョー・パス、ケニー・バロン、ハンク・ジョーンズ、ベン・ウェブスター、ビル・メイズ、ウォーン・マーシュ、ジミー・ロウルズ、フィル・ウッズ、ロジャー・ケラウェイ、プッテ・ウィックマンらと共演ないしは録音を行なった。1980年代半ばからは、例えばピアニストのケラウェイなどと、しばしばデュオで共演している。1992年初頭にアメリカ合衆国に帰国し、オレゴン州に定住。同年、この地にて永眠した。65歳であった。
詩集は没後に公刊され、未亡人が伝記を執筆中である。