ロニー・モントローズ

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ロニー・モントローズ(Ronnie Montrose、1947年11月29日 - 2012年3月3日)は、アメリカギタリストエドガー・ウィンター・グループへの参加や、モントローズガンマでの中心人物としての経歴、多くのセッション活動やソロ活動で知られる。

サンフランシスコに生まれる[1]。幼少時に母親の出身地のコロラド州に移り住む。デンバーで大半の期間を暮らし[2]、16歳のときに家を出た。

1969年、ベーシストのビル・チャーチと「Sawbuck」というバンドを結成。ファースト・アルバム用のレコーディングを行っている頃、プロデューサーのデヴィッド・ルービンソンは丁度ヴァン・モリソンのアルバム制作のためにオーディションを行っていた。Sawbuckのアルバムにモントローズは数曲のみ参加し[3]、ビル・チャーチと共にモリソンのアルバム『テュペロ・ハニー』(1971年)に全面的に参加した。また、このときのセッションで録音された「Listen to the Lion」は『セント・ドミニクの予言』(1972年)に収録された。

ボズ・スキャッグスのバンドに短期間いたのち、1972年、エドガー・ウィンター・グループの結成に参加した。同年11月、『ゼイ・オンリー・カム・アウト・アット・ナイト』を発表。リック・デリンジャーも参加したアルバムであるが、シングルカットされた「フランケンシュタイン」のギターはモントローズである。

1973年、自身のバンド、モントローズを結成した。

ジャズフュージョン分野での活動でも知られる。1971年にはハービー・ハンコックの初電化セクステット・アルバム『エムワンディシ』に参加。1978年にはトニー・ウィリアムスのバンドの一員として来日しライブ・アンダー・ザ・スカイ'78で日本の聴衆にも生の演奏を披露した。このときの演奏はトニーのアルバム『ジョイ・オブ・フライング』で聴くことができる。

2012年3月3日、死去。64歳没。当初は病死と伝えられたが、後に長らく患っていた鬱病が原因とされる自殺であることが明らかになった。

ディスコグラフィ

脚注

外部リンク

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