サッカーサウジアラビア代表

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国または地域 サウジアラビアの旗 サウジアラビア
愛称 الصقور الخضر (Green Falcons、緑のハヤブサたち)
الصقور العربية (Arabian Falcons、アラブのハヤブサたち)
サッカーサウジアラビア代表
国または地域 サウジアラビアの旗 サウジアラビア
協会 サウジアラビアサッカー連盟
愛称 الصقور الخضر (Green Falcons、緑のハヤブサたち)
الصقور العربية (Arabian Falcons、アラブのハヤブサたち)
監督 ギリシャの旗 ヨルゴス・ドニス
キャプテン サーレム・アッ=ドーサリー
最多出場選手 モハメド・アル=デアイエ(178試合)
最多得点選手 マジェド・アブドゥラー(72得点)
ホームカラー
アウェイカラー
初の国際試合
サウジアラビア サウジアラビア 1 – 1 レバノン 
(レバノン、1957年8月18日) [1]
最大差勝利試合
サウジアラビア サウジアラビア 10 – 0 東ティモール 
(東ティモールディリ、2015年11月17日)
最大差敗戦試合
サウジアラビア サウジアラビア 0 – 13 アラブ連合共和国 
(カサブランカ、1961年9月9日)
FIFAワールドカップ
出場回数 7回(初出場は1994
最高成績 ベスト16 (1994)
AFCアジアカップ
出場回数 12回
最高成績 優勝 (1984, 1988, 1996)
FIFAコンフェデレーションズカップ
出場回数 4回
最高成績 準優勝 (1992)
FIFAアラブカップ
出場回数 8回
最高成績 優勝 (1998, 2002)
ガルフカップ
出場回数 25回
優勝 (1994, 2002, 2004)

サッカーサウジアラビア代表(サッカーサウジアラビアだいひょう、: منتخب السعودية لكرة القدم, : Saudi Arabia national football team)は、サウジアラビアサッカー連盟(SAFF)によって構成される、サウジアラビアサッカーナショナルチームである。

AFCアジアカップで優勝3回(1984年1988年1996年)、準優勝3回(1992年2000年2007年)という輝かしい実績を誇るアジアの強豪である。

FIFAワールドカップでは初出場の1994年アメリカ大会でベスト16に入賞するなど通算6度の出場歴がある。それ以降のW杯では苦しんでおり、2002年日韓大会ではドイツに0-8という歴史的な大差で敗れるなど4勝2分13敗と大きく負け越している(2022年カタール大会時点)[2]

歴史

1970年代 - 2000年代

サウジアラビアの国際試合への参加は、1978年FIFAワールドカップ・アルゼンチン大会アジア・オセアニア予選からである。AFCアジアカップ1984年大会、続く1988年大会では砂漠のペレと称されたマジェド・アブドゥラーらの活躍で大会連覇を成し遂げた。1984年のロサンゼルスオリンピック出場も果たしている。

FIFAワールドカップ本大会初出場は1994年のアメリカ大会である。前年に催されたアジア最終予選では、1位で同予選を通過した。同予選では初戦の日本戦で主将のアブドゥラーが負傷し、第3戦の韓国戦ではモハメド・アル=デアイエのミスから先制を許し攻勢にさらされたが、終了間際にアフマド・ジャミール・マダニーのヘディングで同点に追いついて危機を乗り切っている。本大会ではオランダモロッコベルギーのグループFを2勝1敗のグループ2位で通過。第3戦のベルギー戦では、アブドゥラーが前半で負傷したもののサイード・オワイランが4人抜きドリブルからゴールを決め[3][4]、グループリーグを通過。決勝トーナメント1回戦でスウェーデンに敗れるもベスト16の成績を残している。これがワールドカップにおけるサウジアラビアの最高成績である。

世代別代表では、1989年のFIFA U-16世界選手権で優勝を果たしている。これは当時の男子サッカーでは、アジア唯一のFIFA主催の世界大会における優勝であった。このメンバーが中心となり、1994年のワールドカップ出場に導いている。オリンピックのサッカー競技では、年齢制限が設けられた以降では1996年アトランタ五輪に出場したが、それ以後2016年リオデジャネイロ五輪まで5大会連続で出場を逃している(2021年東京五輪で6大会ぶりに出場)。

21世紀に入り、2004年のガルフカップアジアカップ2006年ドイツW杯と立て続けにグループリーグ敗退に終わったが、2007年のアジアカップでは復活し決勝まで進んだ[5]2010年W杯南アフリカ大会アジア最終予選では韓国、北朝鮮イランアラブ首長国連邦と同組で3位になり、バーレーンとのアジア5位決定戦に進んだ。しかし、ホーム・アンド・アウェーの第2戦でアディショナルタイムに勝ち越し、すぐに追いつかれるという形でバーレーンに敗れた(アウェーゴールを参照)。その結果大陸間プレーオフ進出を逃し、1990年イタリア大会以来5大会ぶりに予選敗退を喫した[6]

2010年代前半の低迷

AFCアジアカップ2011では、シリアヨルダンといった新興国に敗北を喫し[7][8]、日本には0対5のスコアで大敗[9][10]、2度目のグループリーグ敗退に終わる。さらにこの件を受けて2011年2月からの対外試合禁止を発表し、中東遠征を行ったU-22日本U-23サウジアラビア戦のキャンセルを余儀なくされた[11][12][13]。その後、2014年ブラジルW杯アジア3次予選ではグループ3位に終わり、最終予選に進めずに2大会連続でワールドカップ出場を逃した[14]AFCアジアカップ2015でもグループリーグで敗退し、2大会連続でベスト8進出に失敗して低迷からは抜け出せなかった。

2018年W杯ロシア大会

2018 FIFAワールドカップではアジア3次(最終)予選に進出し、最終戦で日本に勝利したことでオーストラリアに勝ち点で追いつき[15][16]、得失点差で上回ったためB組2位で3大会ぶりの本大会出場を決めた。本大会ではロシアエジプトウルグアイと同じグループAに入り、初戦のロシア戦では0-5と大敗[17]、2戦目のウルグアイ戦でも0-1で敗れ[18]そのままグループリーグ敗退が決まるも、3戦目のエジプト戦では2-1と逆転勝利を収め、24年ぶりにW杯で勝利を収めた[19]。翌年のアジアカップでは、決勝トーナメント1回戦で日本に敗れた[20]ものの、3大会ぶりにグループリーグを突破した(ベスト16)[21]

2022年W杯カタール大会

2022 FIFAワールドカップに向けたアジア3次予選では、グループBを首位で突破して2大会連続で本大会出場を決めた。本大会ではグループCに入り、初戦でFIFAランキング3位のアルゼンチンと対戦。10分にリオネル・メッシのPKで先制点を奪われるが、後半にサレー・アル=シェフリサーレム・アッ=ドーサリーのゴールで逆転した。シュート数はわずか3本だったが、アルゼンチンの攻撃を最後まで耐え凌んでW杯優勝経験国から歴史的勝利を挙げた[22]

しかし、続くポーランド戦では終了間際にPKを獲得するも、ポーランドのGKヴォイチェフ・シュチェスニーに阻まれたことで0-2で敗れ[23]、勝利すれば無条件で1994年大会以来28年ぶりの決勝トーナメント進出が決まるメキシコ戦でも1-2で惜敗し、2大会連続でグループリーグ敗退となった[24]

マンチーニ監督時代

2023年8月27日、元イタリア代表監督であったロベルト・マンチーニと2027年までの4年契約を締結した[25][26]

AFCアジアカップ2023

28年ぶりのアジア制覇を目指して挑んだAFCアジアカップ2023では、1次リーグを2勝1分で首位通過した[27]。ラウンドオブ16の韓国戦では、勝利まであと1分というところで同点ゴールを許し[28]PK戦の末敗れて前回大会に続いてベスト16で散った[29]

2026 W杯

2026年北中米W杯・アジア3次予選(最終予選)では、ホームでインドネシア、バーレーンと引き分けるなど苦戦が続き、2024年10月24日、サウジアラビアサッカー連盟とマンチーニの双方の合意のもと、契約解除が決定した[30]。前述の監督就任からわずか1年2ヶ月での退任となった[31]。W杯アジア予選が中断される2024年12月から翌年1月にかけてクウェートで開催されたガルフカップ2024英語版でも、バーレーン[32]オマーン[33]と格下に相次いで敗戦を喫してベスト4敗退と不振を脱却できなかった。2025年はW杯最終予選で2勝1分1敗[34]とやや復調し、最終的に直接出場権は得られなかったものの、B組3位でアジア4次予選(プレーオフ)に進んだ[35]。4次予選はホームで開催することになり、有利な条件を生かしてイラクとインドネシアを上回って、3大会連続7回目のワールドカップ出場を決めた[36][37]

成績

 赤枠 は自国開催

FIFAワールドカップ

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
ウルグアイの旗 1930不参加
イタリアの旗 1934
フランスの旗 1938
ブラジルの旗 1950
スイスの旗 1954
スウェーデンの旗 1958
チリの旗 1962
イングランドの旗 1966
メキシコの旗 1970
西ドイツの旗 1974
アルゼンチンの旗 1978予選敗退
スペインの旗 1982
メキシコの旗 1986
イタリアの旗 1990
アメリカ合衆国の旗 1994 ベスト16 4 2 0 2 5 6
フランスの旗 1998 グループリーグ敗退 3 0 1 2 2 7
日本の旗大韓民国の旗 2002 3 0 0 3 0 12
ドイツの旗 2006 3 0 1 2 2 7
南アフリカ共和国の旗 2010予選敗退
ブラジルの旗 2014
ロシアの旗 2018グループリーグ敗退310227
カタールの旗 2022310235
カナダの旗アメリカ合衆国の旗メキシコの旗 2026出場決定
合計 7/23 19 4 2 13 14 44

FIFAコンフェデレーションズカップ

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
サウジアラビアの旗 1992 準優勝 2 1 0 1 4 3
サウジアラビアの旗 1995 グループリーグ敗退 2 0 0 2 0 2
サウジアラビアの旗 1997 3 1 0 2 1 8
メキシコの旗 1999 4位 5 1 1 3 8 16
日本の旗 大韓民国の旗 2001 不参加
フランスの旗 2003
ドイツの旗 2005
南アフリカ共和国の旗 2009
ブラジルの旗 2013
ロシアの旗 2017
合計 4/10 12 3 1 8 13 31

AFCアジアカップ

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
香港の旗 1956不参加
大韓民国の旗 1960
イスラエルの旗 1964
イランの旗 1968
タイ王国の旗 1972
イランの旗 1976棄権
クウェートの旗 1980棄権
シンガポールの旗 1984優勝633073
カタールの旗 1988633051
日本の旗 1992準優勝522183
アラブ首長国連邦の旗 1996優勝6321116
レバノンの旗 2000準優勝6312118
中華人民共和国の旗 2004グループリーグ敗退301235
インドネシアの旗 マレーシアの旗 タイ王国の旗 ベトナムの旗 2007準優勝6411126
カタールの旗 2011グループリーグ敗退300318
オーストラリアの旗 2015310255
アラブ首長国連邦の旗 2019ベスト16420263
カタールの旗 2023422052
サウジアラビアの旗 2027出場決定
合計12/19522315147450

ガルフカップ

開催年 結果
19703位
1972準優勝
1974
19765位
19793位
19824位
19843位
1986
1988
1990辞退
19923位
1994優勝
19963位
1998準優勝
2002優勝
2003
20041回戦敗退
20073位
2009準優勝
2010
2013グループリーグ敗退
2014準優勝
2017グループリーグ敗退
2019準優勝
2023グループリーグ敗退
20253位
2026出場決定

FIFAアラブカップ

開催年 結果
レバノンの旗 1963予選敗退
クウェートの旗 1964
イラクの旗 1966
サウジアラビアの旗 19853位
ヨルダンの旗 1988グループリーグ敗退
シリアの旗 1992準優勝
カタールの旗 1998優勝
クウェートの旗 2002
サウジアラビアの旗 20124位
カタールの旗 2021グループリーグ敗退
カタールの旗 20253位

西アジアサッカー選手権

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
ヨルダンの旗 2000不参加
シリアの旗 2002
イランの旗 2004
ヨルダンの旗 2007
イランの旗 2008
ヨルダンの旗 2010
クウェートの旗 2012グループリーグ敗退311111
カタールの旗 2014201114
合計2/8512225

歴代監督

歴代選手

W杯の大会メンバー

主な代表選手

脚注

関連項目

外部リンク

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