ロン・ギドリー

アメリカの野球選手、コーチ (1950 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

ロナルド・エイムズ・ギドリーRonald Ames Guidry, 1950年8月28日 - )は、MLBの元選手。ポジションは投手アメリカ合衆国ルイジアナ州ラファイエット出身。ニックネームは「Louisiana Lightning」,「Gator」。

生年月日 (1950-08-28) 1950年8月28日(75歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
162 lb =約73.5 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
ロン・ギドリー
Ron Guidry
現役当時のギドリー
(1984年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ルイジアナ州ラファイエット
生年月日 (1950-08-28) 1950年8月28日(75歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
162 lb =約73.5 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1971年 ドラフト3巡目
初出場 1975年7月27日
最終出場 1988年9月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • ニューヨーク・ヤンキース (2006 - 2007)
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現役時代

1971年MLBドラフトニューヨーク・ヤンキースから3巡目に指名を受け入団。1975年はAAA級で6勝5敗14セーブ・防御率2.90を記録してメジャーに昇格し、7月27日ボストン・レッドソックス戦でメジャーデビュー。1976年は開幕をマイナーで迎えたが、好成績を残して昇格。しかし初登板で滅多打ちに遭いすぐに降格。マイナーでは5勝1敗9セーブ・防御率0.68を記録し、8月に再昇格するが目立った成績は残せなかった。チームは地区優勝し、カンザスシティ・ロイヤルズとのリーグチャンピオンシップシリーズではロースター入りを果たす。登板機会はなかったが第4戦で代走として出場した。この間にチームメイトでクローザースパーキー・ライルスライダーに注目し、これを習得する。1977年のスプリングトレーニング中、オーナーのジョージ・スタインブレナーの意向でトレード要員になるが、ゲイブ・ポールGMが「大成する可能性がある」と言って制止する。開幕当初はリリーフでの起用だったが、5月中旬から先発ローテーション入りし、6月16日のロイヤルズ戦でメジャー初完封。後半戦で8連勝を含む10勝を挙げ、16勝7敗・防御率2.82を記録し、チームの地区連覇に貢献。前年に続きロイヤルズとの対戦となったリーグチャンピオンシップシリーズでは第2戦に先発し、2失点完投勝利。最終第5戦では3回途中で降板するが、チームは9回に逆転して勝利しリーグ連覇を果たす。ロサンゼルス・ドジャースとのワールドシリーズでは第4戦に先発し2失点完投勝利。チームは4勝2敗で15年ぶりのワールドチャンピオンに輝いた。

1978年は初の開幕投手を務め、6月17日カリフォルニア・エンゼルス戦で左腕投手としてのメジャー記録となる18奪三振。開幕から13連勝を記録し、オールスターゲームに初めて選出される。チームは一時レッドソックスに最大14ゲーム差を付けられるが9月に逆転。シーズン最終戦で同率で並ばれるが、ワンゲームプレーオフで先発して7回途中2失点で勝利投手となるなど25勝3敗・防御率1.74・248奪三振、いずれもリーグトップの勝率.893・9完封・WHIP0.95の好成績で最優秀防御率最多勝の二冠を獲得し、地区3連覇に大きく貢献する。3年連続でロイヤルズとの対戦となったリーグチャンピオンシップシリーズでは第4戦に先発し、8回1失点の好投で勝利投手となり、リーグ3連覇を果たす。ドジャースとのワールドシリーズでは連敗後の第3戦に先発し、7四球を与えたものの1失点完投勝利。チームはその後3連勝でシリーズ連覇を達成した。オフにサイ・ヤング賞を満票で受賞し、MVPの投票でもジム・ライスに次ぐ2位に入った。1979年は6月に故障者リスト入りするなど前半戦は6勝に留まるが、後半戦で11連勝を含む12勝を挙げるなど18勝8敗・防御率2.78・201奪三振を記録し、2年連続の最優秀防御率を獲得した。1980年は4月は勝敗なしだったが5月に5連勝。17勝を挙げてチームの2年ぶりの地区優勝に貢献。4度目の対戦となったロイヤルズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第1戦に先発したが3回4失点で敗戦投手となり、チームも3連敗で敗退した。1981年50日間に及ぶストライキでシーズンが中断・短縮されて前後期制の変則日程となる。ストライキ明けから6連勝するなど後半戦で防御率1.74を記録し、11勝5敗・防御率2.76の成績でチームは前期優勝。ミルウォーキー・ブルワーズとのディビジョンシリーズでは第1戦と第5戦に先発したが、共に5回を投げ切れない不本意な内容。リーグチャンピオンシップシリーズでは登板機会はなかったが、チームは3年ぶりのリーグ優勝。ドジャースとのワールドシリーズでは第1戦に先発し7回1失点で勝利投手。第5戦では6回まで無失点も7回にペドロ・ゲレーロスティーブ・イェーガーに連続本塁打を浴びて逆転を許し敗戦投手。チームは2勝4敗で敗退した。オフにフリーエージェントとなるが再契約。

1982年は3年ぶりのオールスターゲームに選出され、14勝8敗・防御率3.81を記録して初のゴールドグラブ賞を受賞し、以後4年連続で受賞する。1983年は後半戦だけで14完投を記録するなど21勝9敗・防御率3.42、リーグ最多の21完投の成績。1984年8月7日シカゴ・ホワイトソックス戦で9回に3者連続で3球三振を記録し、リーグ史上8人目、メジャー史上20人目の快挙を達成。しかしその後故障で1ヶ月離脱し、10勝11敗・防御率4.51と初の負け越し。1985年は4月は1勝3敗だったが、5月から12連勝。22勝6敗・防御率3.27を記録し、2度目の最多勝を獲得。サイ・ヤング賞の投票ではブレット・セイバーヘイゲンに次ぐ2位。1986年3月4日ウィリー・ランドルフと共に副キャプテンに就任。しかし同年腕を痛め、途中7連敗を喫するなど9勝12敗に留まる。オフに再びフリーエージェントとなり、1987年5月1日に再契約。終盤故障で離脱するなど22試合の登板で5勝に終わる。1988年は僅か2勝に終わり、フリーエージェントとなってマイナー契約を結ぶが、1989年はマイナーでも結果を残せず、7月12日に現役引退を表明した。通算170勝は球団史上4位、1778奪三振はホワイティ・フォードに次ぐ2位。通算勝率も引退当時はフォードに次ぐ史上2位であった。

投手としての球種はスライダー。『guide to pitchers』(米書 より)

引退後

サイン会にて
(2013年5月12日)
ギドリーの背番号「49」。
ニューヨーク・ヤンキースの永久欠番2003年指定。

引退後はヤンキース傘下のマイナーで投手コーチなどを歴任。2003年8月23日に自身の背番号49』が球団史上16番目の永久欠番に指定された。ヤンキー・スタジアムのモニュメント・パークにレリーフが設置され、そこには「圧倒的な投手で、信頼の厚いリーダー」「真のヤンキースの一員」という文字が刻まれている。式典にはモニュメント・パークに自身のレリーフが設置されるほか、当時存命していた永久欠番選手のフィル・リズートヨギ・ベラ、フォード、レジー・ジャクソンドン・マッティングリーの5名が出席した。投手ではフォード以来2人目の欠番である。2006年メル・ストットルマイヤーの後任として、2007年までヤンキースの投手コーチに就任した。現在はヤンキースのスペシャルアドバイザーとして、スプリング・トレーニングで後進の指導を行っている。

逸話

選手としての特徴

最速98mph(約157.7km/h)[1]速球に横に大きく曲がるスライダーが武器[2]。奪三振能力が高く、1978年に記録した248奪三振はゲリット・コール(2022年、257奪三振)に破られるまで44年間もの間で球団記録だった[3]。また5年連続でゴールドグラブ賞を受賞する程守備での評価も高かった[4]

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
1975 NYY 101000010--.0006915.21509011510663.451.53
1976 70000000------7216.0201400120012105.621.50
1977 31259531671--.696850210.21741265201766072662.821.13
1978 353516932530--.8931057273.21871372112487161531.740.95
1979 333015211882--.692946236.12032071002019083732.781.16
1980 372953017101--.630929219.22151980111665097873.561.34
1981 23210001150--.688497127.01001226011046041392.760.99
1982 34336111480--.636935222.021622693116261104943.811.28
1983 313121332190--.7001024250.12322660321564299953.421.17
1984 292851310110--.476841195.222324443212710102984.511.36
1985 343311202260--.7861033259.024328423014331104943.271.10
1986 30305009120--.429809192.12022838211403094853.981.25
1987 2217200580--.385493117.2111143831963150483.671.27
1988 1210000230--.40023956.05771532322228264.181.29
MLB:14年 368323952614170914--.65197942392.02198226633241317785689538743.291.18
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  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 「-」は記録なし

タイトル 

  • 最多勝利 2回:1978年, 1985年
  • 最優秀防御率 2回:1978年, 1979年

表彰・記録

脚注

外部リンク

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