ロン・デサンティス
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| ロン・デサンティス Ron DeSantis | |
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| 生年月日 | 1978年9月14日(47歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 |
イェール大学 ハーバード大学 |
| 所属政党 |
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| 配偶者 | ケイシー・デサンティス(2010年 - ) |
| 子女 | 3 |
| サイン |
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| 公式サイト |
[rondesantis |
| 選挙区 |
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| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 2019年1月8日 - |
| 選挙区 |
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| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 | 2013年1月3日 - 2018年9月3日 |
ロン・デサンティス(英: Ron DeSantis(英語版))、本名ロナルド・ディオン・デサンティス(Ronald Dion DeSantis, 1978年9月14日 - )は、アメリカ合衆国の政治家、海軍軍人。現在、フロリダ州知事(第46代)。元連邦下院議員(3期)。共和党所属。2024年のアメリカ合衆国大統領選挙の共和党候補指名獲得に名乗りを上げたが[1][2]、予備選挙開始以降に撤退を表明している[3]。
1978年9月14日、フロリダ州ジャクソンビル生まれ[4]。イタリア系アメリカ人で、曽祖父母の代は全員イタリア生まれ。母親は看護師で、父親はニールセン社が視聴率を計算するためにモニター世帯に置く機器を設置する仕事をしていた。フロリダ州オーランドに移り、次いで6歳のときに同州ダニーデンに引っ越した。妹は1985年にオーランドで生まれ、2015年に亡くなった。
ダニーデンで所属した野球チームでは、1991年のリトル・リーグワールドシリーズに出場している。当時は当シリーズの決勝でも圧勝した台湾が圧倒的な強豪で、デサンティスらは打倒台湾をモットーに戦っていたが、台湾に当たる前に一回戦で負けている[5]。同年の優勝チームも台湾で、後に阪神などで活躍する林威助を擁していた。
ダニーデン・ハイ・スクールでも野球を続け、フロリダ州大会の準決勝では、後に全米最優秀高校野球選手に選出されセントルイス・カージナルスなどで活躍したリック・アンキールを擁するポート・セントルーシー高校と対戦して勝利。デサンティスを含む打者は、その時点でプレーオフ13勝0敗、防御率0.10という圧倒的な成績を残していたアンキールから8安打4得点をあげ初黒星をつけた[6]。
1997年、イェール大学入学。歴史学を専攻。大学野球部(イェール・ブルドッグス)に加入して主将となった。なお、半世紀余り前(1948年)に同チームの主将を務めていたのは第41代大統領のジョージ・H・W・ブッシュであった。守備位置は外野手で、2001年にはチーム首位打者となった(0.336)[7]。1年下には後にメジャーリーグベースボール(MLB)選手となり、2013年にボストン・レッドソックスで上原浩治、田澤純一と共にリリーフ投手としてワールドシリーズ優勝に貢献したクレイグ・ブレスロウがおり、デサンティスの後にキャプテンを務めた[5]。また、在学中には電気技師の助手や野球キャンプのコーチなど様々な仕事を経験。
2001年、イェール大学卒業。ダーリントン・スクールで歴史の教師を1年務めた後、ハーバード大学ロースクールに入学し、2005年に法務博士号(JD)を取得、フロリダ州弁護士となった[8]。
在学中の2004年に海軍に入隊し、2007年には海軍特殊部隊Navy SEALsのリーガル・アドバイザーとして、イラク戦争後の米軍駐留地の一つファルージャに派遣された[4]。2010年に名誉除隊し、2022年現在も予備役として登録されている[9]。

2012年に連邦下院議員に初当選した[4]。在任中、議員連盟フリーダム・コーカスの創設メンバーとなり、ドナルド・トランプの盟友となった。