ワーナー・マドリガル

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生年月日 (1984-03-21) 1984年3月21日(41歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
250 lb =約113.4 kg
ワーナー・マドリガル
Warner Madrigal
中日ドラゴンズ時代
(2013年8月3日、横浜スタジアムにて)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サン・ペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス
生年月日 (1984-03-21) 1984年3月21日(41歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
250 lb =約113.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 アマチュア・フリーエージェントとしてアナハイム・エンゼルスと契約
初出場 MLB / 2008年7月2日
NPB / 2013年7月6日
CPBL / 2015年3月26日
最終出場 NPB / 2013年
CPBL / 2015年9月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ワーナー・アントニオ・マドリガルWarner Antonio Madrigal , 1984年3月21日 - )は、ドミニカ共和国サン・ペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス出身のプロ野球選手投手)。

プロ入りとエンゼルス傘下時代

2001年7月21日にアマチュア・フリーエージェントでアナハイム・エンゼルスと契約を結ぶ。当時は外野手だった。

2005年はA級シーダーラピッズ・カーネルズでプレーし、111試合に出場して打率.247・15本塁打・53打点・6盗塁の成績を残した。

2006年途中から投手に転向。ルーキー級アリゾナリーグ・エンゼルスでプレーし、12試合に登板して2勝1敗5セーブ・防御率3.75・13奪三振の成績を残した。

2007年はA級シーダーラピッズでプレーし、54試合に登板して5勝4敗20セーブ・防御率2.07・75奪三振の成績を残した。10月29日FAとなった。

レンジャーズ時代

2007年11月18日テキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ[1]

2008年はAA級フリスコ・ラフライダーズで開幕を迎え、5月にAAA級オクラホマシティ・レッドホークスへ昇格。17試合に登板して0勝0敗4セーブ・防御率3.98・25奪三振の成績を残した。6月28日にメジャー初昇格を果たし[2]7月2日ニューヨーク・ヤンキース戦でメジャーデビュー。

2009年はAAA級とメジャーを行き来し、メジャーでは13試合の登板にとどまった。

2010年3月4日にレンジャーズと1年契約を結んだ[3]4月4日に15日間の故障者リスト入りし[4]、右前腕手術を行った。4月8日に60日間の故障者リストに異動した[5]6月4日にAA級フリスコで復帰。8試合に登板し、6月24日にAAA級オクラホマシティへ昇格した。AAA級オクラホマシティでは27試合に登板して4勝2敗2セーブ・防御率3.73・33奪三振の成績を残した。11月6日にFAとなった。

ヤンキース傘下時代

2011年2月11日にヤンキースとマイナー契約を結んだ[6]。AA級トレントン・サンダーで2試合登板した。

2012年12月21日に自由契約となった。

ダイヤモンドバックス傘下時代

2012年12月21日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ。

2013年は開幕から傘下のAAA級リノ・エーシズでプレーし、22試合に登板して1勝0敗・防御率2.75・33奪三振の成績を残した。6月11日に自由契約となった。

中日時代

2013年6月14日中日ドラゴンズと契約を結んだ[7]。契約の決め手のひとつとしてエクトル・ルナの推薦があったという[8]。31試合で2勝0敗13ホールド、防御率3.23とまずまずの成績を残したが[9]マット・クラークと共に球団から翌シーズンの契約を結ばないことが発表された[10]

中日退団後

2014年1月23日ワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ。シーズンでは傘下のAA級ハリスバーグ・セネターズとAAA級シラキュース・チーフスでプレーしていたが、8月7日に自由契約となった。

2015年台湾プロ野球・中華職業棒球大聯盟統一セブンイレブン・ライオンズでプレー。

2016年5月26日リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボルアグアスカリエンテス・レイルロードメンと契約。

2017年から2019年にかけてはレギュラーシーズンでの所属球団なく、オフにドミニカ共和国のウィンターリーグに参加。

2020年2月5日にリーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボルラグナ・ユニオン・コットンファーマーズと契約。しかし、コロナ禍の影響でリーグ戦が中止となり、登板機会のないまま退団した[11]

投球スタイル

150km/h前後のストレートスプリットが武器でスライダーも投げる[8]

クイックが非常に早く、東京スポーツによると1.1秒台のタイムを記録するという[12]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2008 TEX 3110000213.00015436.03641400222022194.751.39
2009 1300000000----6712.2182121152014149.952.37
2013 中日 310000200131.0016839.03461811283016143.231.33
2015 統一 48000045165.44424255.24812222486128172.751.26
MLB:2年 4410000213.00022148.25462611274036336.101.64
NPB:1年 310000200131.0016839.03461811283016143.231.33
CPBL:1年 48000045165.44424255.24812222486128172.751.26

年度別守備成績



投手(P)












2008 TEX 3143011.000
2009 1301001.000
MLB 4444011.000

記録

NPB
  • 初登板:2013年7月6日、対東京ヤクルトスワローズ11回戦(ナゴヤドーム)、8回表に救援登板、1回無失点
  • 初ホールド:2013年7月13日、対読売ジャイアンツ11回戦(ナゴヤドーム)、8回表に救援登板、1回1奪三振無失点
  • 初奪三振:同上、8回表に高橋由伸から見逃し三振
  • 初勝利:2013年7月14日、対読売ジャイアンツ12回戦(ナゴヤドーム)、8回表に救援登板、1回1失点

背番号

  • 60 (2008年 - 2009年)
  • 65 (2013年)
  • 30 (2015年)

登板時登場曲

脚注

関連項目

外部リンク

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