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ワーラウェイ

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欧字表記 Whirlaway
性別 牡
ワーラウェイ
1942年9月19日のナガランセット・パークでのマッチレース(絵葉書)。手前がワーラウェイ
欧字表記 Whirlaway
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栗毛
生誕 1938年4月2日
死没 1953年4月6日
父 ブレニム
母 ダストワール
母の父 スウィープ
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 カルメットファーム
馬主 カルメットファーム
調教師 B.A.ジョーンズ
競走成績
生涯成績 60戦32勝
獲得賞金 56万1161ドル
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ワーラウェイ (Whirlaway) は、1940年代初頭に活躍したアメリカ合衆国の競走馬。

史上5頭目のアメリカ三冠馬であり、三冠達成後にトラヴァーズステークスを優勝していることから、アメリカでは「スーパーフェクタ」達成馬[1]、日本ではアメリカ四冠馬と呼ばれることもある。

1941、1942年アメリカ年度代表馬。1959年アメリカ競馬殿堂入り。20世紀のアメリカ名馬100選26位(ブラッド・ホース誌)。異名は長いしっぽより「ミスターロングテイル」。

ワーラウェイは三冠馬にしては多い60戦という多くの競走を消化し、勝ったのはそのうち32戦とそれほど勝率は高くなかったが、真っ直ぐに走らず外ラチに向かっていったり、逆に馬群に突っ込んでいったりと勝つときは派手なレースぶりを披露していた。

ケンタッキーダービーでは後方から追い込むと8馬身差、およびその後21年間破られなかったレコードで圧勝している。また、ワーラウェイは三冠に加えてトラヴァーズステークスを勝利しているが、これは2021年時点でもこの馬のみしか成し遂げていない。過去にギャラントフォックス・アファームド・アメリカンファラオが挑戦したが、達成することができなかったぐらい、難易度の高い記録である(アファームドは1位入線も2着に降着)。

1942年9月19日にナラガンセットパーク競馬場で行われた、同年のプリークネスステークスを制したアルサブとのマッチレースは、良馬場9.5ハロンで行われた。キャロル・ビールマン騎手を乗せたアルザブは119ポンドに対して、ジョージ・ウルフ騎手を乗せたワーラウェイは、126ポンドのハンデを背負ったが、人気はアルサブ(単勝オッズ2.6倍)よりワーラウェイ(単勝オッズ1.3倍)の方が高かった。レースは、道中ワーラウェイがアルザブを風よけにする形で進めていった。最後の直線で抜け出しにかかり、ウルフはワーラウェイの馬体を大外に持ち出したが、アルザブをハナ差で捉えることは出来ず敗れた。

その後も5歳まで走り続け、取りこぼすことも多かったが、ブルックリンハンデキャップ、トレントンハンデキャップ、ジョッキークラブゴールドカップなどを制し、史上初の50万ドルホースとしてその名を残した。

引退後

引退後はカルメットファームで種牡馬入りした。

種牡馬としてはそれほど成功せず、コーチングクラブアメリカンオークスに勝ったスキャタードを出した程度に終わり、1950年にはフランスの大馬産家マルセル・ブサックにリース、のち購入された。

フランスでもほとんど活躍馬を出せずに1953年死亡。そしていったんフランスに埋葬されたが、遺体はのちに運ばれ、現在は故郷カルメットファームに埋葬されている。

競走成績

評価

エクリプス賞

  • 1941年 - 年度代表馬部門・最優秀3歳牡馬部門受賞
  • 1942年 - 年度代表馬部門・最優秀古牡馬部門受賞

表彰

血統表

出典

外部リンク

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