ワーラウェイ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ワーラウェイ | |
|---|---|
|
1942年9月19日のナガランセット・パークでのマッチレース(絵葉書)。手前がワーラウェイ | |
| 欧字表記 | Whirlaway |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 栗毛 |
| 生誕 | 1938年4月2日 |
| 死没 | 1953年4月6日 |
| 父 | ブレニム |
| 母 | ダストワール |
| 母の父 | スウィープ |
| 生国 |
|
| 生産者 | カルメットファーム |
| 馬主 | カルメットファーム |
| 調教師 | B.A.ジョーンズ |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 60戦32勝 |
| 獲得賞金 | 56万1161ドル |
ワーラウェイ (Whirlaway) は、1940年代初頭に活躍したアメリカ合衆国の競走馬。
史上5頭目のアメリカ三冠馬であり、三冠達成後にトラヴァーズステークスを優勝していることから、アメリカでは「スーパーフェクタ」達成馬[1]、日本ではアメリカ四冠馬と呼ばれることもある。
1941、1942年アメリカ年度代表馬。1959年アメリカ競馬殿堂入り。20世紀のアメリカ名馬100選26位(ブラッド・ホース誌)。異名は長いしっぽより「ミスターロングテイル」。
ワーラウェイは三冠馬にしては多い60戦という多くの競走を消化し、勝ったのはそのうち32戦とそれほど勝率は高くなかったが、真っ直ぐに走らず外ラチに向かっていったり、逆に馬群に突っ込んでいったりと勝つときは派手なレースぶりを披露していた。
ケンタッキーダービーでは後方から追い込むと8馬身差、およびその後21年間破られなかったレコードで圧勝している。また、ワーラウェイは三冠に加えてトラヴァーズステークスを勝利しているが、これは2021年時点でもこの馬のみしか成し遂げていない。過去にギャラントフォックス・アファームド・アメリカンファラオが挑戦したが、達成することができなかったぐらい、難易度の高い記録である(アファームドは1位入線も2着に降着)。
1942年9月19日にナラガンセットパーク競馬場で行われた、同年のプリークネスステークスを制したアルサブとのマッチレースは、良馬場9.5ハロンで行われた。キャロル・ビールマン騎手を乗せたアルザブは119ポンドに対して、ジョージ・ウルフ騎手を乗せたワーラウェイは、126ポンドのハンデを背負ったが、人気はアルサブ(単勝オッズ2.6倍)よりワーラウェイ(単勝オッズ1.3倍)の方が高かった。レースは、道中ワーラウェイがアルザブを風よけにする形で進めていった。最後の直線で抜け出しにかかり、ウルフはワーラウェイの馬体を大外に持ち出したが、アルザブをハナ差で捉えることは出来ず敗れた。
その後も5歳まで走り続け、取りこぼすことも多かったが、ブルックリンハンデキャップ、トレントンハンデキャップ、ジョッキークラブゴールドカップなどを制し、史上初の50万ドルホースとしてその名を残した。
引退後
競走成績
- 1940年(16戦7勝) - レーンズエンドブリーダーズフューチュリティ、ホープフルステークス、サラトガスペシャルステークス
- 1941年(19戦13勝) - アメリカ三冠達成(ケンタッキーダービー、プリークネスステークス、ベルモントステークス)、トラヴァーズステークス、ローレンスリアライゼーションステークス、アメリカンダービー
- 1942年(22戦12勝) - ブルックリンハンデキャップ、ジョッキークラブゴールドカップ、ピムリコスペシャルステークス
- 1943年(2戦0勝)