ヴァイオリンソナタ第2番 (オネゲル)
From Wikipedia, the free encyclopedia
ヴァイオリンソナタ第2番(フランス語: Deuxième Sonate pour violon et piano)H.24は、アルテュール・オネゲルの2番目に出版されたヴァイオリンソナタ。
オネゲルは1917年に弦楽四重奏曲第1番、1918年にヴァイオリンソナタ第1番と大規模な室内楽作品を続けて書き上げていた。1919年4月、生地のル・アーヴルに滞在していたオネゲルはヴァイオリンソナタ第2番の作曲を開始する。第1楽章は4月から5月にかけて書き上げられた[1]。7月18日から9月30日にかけて滞在したスイスで書き上げられた第2楽章は、「エンゲルベルク、1919年8月」の日付を持っている[1]。11月にソナタの全曲が完成し、初演を待つこととなった[2]。
私的初演は1920年1月8日、ダリウス・ミヨー宅においてオネゲルのヴァイオリンとアンドレ・ヴォラブールのピアノによって行われた。「フランス六人組」の名付け親となる批評家のアンリ・コレはこの私的初演に出席し、感銘を受けている[3]。公開初演は1920年2月28日に同じ演奏者によって、音楽院のホールで行われた[4]。
1920年6月20日の両親宛の手紙で、オネゲルはモーリス・ラヴェルとの晩餐に触れ、彼からのコメントを伝えている。「彼は第2ソナタを妙に感じたようです。第1楽章は嫌っていましたが、後の2楽章はとても気に入っていました」[5]。オネゲルは10月20日にパリで、11月20日にコンセール・トゥシェ(Concerts Touche)でソナタを再演している。1926年12月3日のオネゲル・フェスティヴァルにおいても、サル・ガヴォーで開かれた独立音楽協会の演奏会でこの作品が取り上げられた[6]。1924年に出版され、弦楽四重奏曲第1番を初演したカペレ四重奏団(Quatuor Capelle)の創設者、フェルナンド・カペレ(Fernande Capelle)に献呈されている。