ル・アーヴル
フランスの都市
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ル・アーヴル(フランス語: Le Havre)は、フランス北西部の大西洋に臨む港湾に位置する都市。セーヌ川右岸の河口にあたり、ルーアンを首都とするノルマンディー地域圏セーヌ=マリティーム県に属する。港湾の規模はマルセイユに次ぎ、大西洋岸ではフランス第1位の規模である。
| Le Havre | |
|---|---|
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| |
| 行政 | |
| 国 |
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| 地域圏 (Région) | ノルマンディー地域圏 |
| 県 (département) | セーヌ=マリティーム県 |
| 郡 (arrondissement) | ル・アーヴル郡 |
| 小郡 (canton) | 9 |
| INSEEコード | 76351 |
| 郵便番号 | 76600,76610,76620 |
| 市長(任期) |
エドゥアール・フィリップ (2020年 - 2026年) |
| 自治体間連合 (fr) | fr:Communauté de l'agglomération havraise |
| 人口動態 | |
| 人口 |
172 807人 (2014年) |
| 人口密度 | 3,681人/km2 |
| 住民の呼称 | Havrais |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯49度29分 東経0度06分 |
| 標高 |
平均:? 最低:0m 最高:105m |
| 面積 | 市:46.95km2 (4,695ha) |


対岸のオンフルールとの間には、1995年にノルマンディー橋が架けられた。
2005年、戦後再建された中心部の街並みが「オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
歴史
古い港が泥の堆積のため使用できなくなったため、1517年に建市され、当初はフランソワ1世にちなんでフランシスコポリスと命名された。その後まもなく、ル・ポール・ド・グラース(Le Port de Grace)やル・アーヴル・ド・グラース(Le Havre de Grace)などと呼ばれるようになった。アーヴル(Havre、男性名詞)は現代では一般的には使われないが、中期フランス語で港を意味する[1]。つまり、どちらの名称も「グラースの港」を意味したが、これは港の近くにあったノートル=ダム=ド=グラース礼拝堂(la chapelle de Notre-Dame-de-Grâce)にちなんでいる[2]。
第一次世界大戦中の1914年10月13日から1918年11月にかけ、ドイツに国土の大半を占領されたベルギーの政府は、ル・アーヴルの北西近郊のサン=タドレス(Sainte-Adresse)に移転して活動した(第一次世界大戦期のベルギー亡命政府)。
第二次世界大戦中、ノルマンディー上陸作戦から続くアストニア作戦の艦砲射撃と空爆で破壊され、戦後「鉄筋コンクリートの巨匠」とも呼ばれた建築家オーギュスト・ペレによって再建された。
2020年6月に行われた市長選挙では、現職首相のエドゥアール・フィリップが出馬、当選を果たした。制度上、フランスの首相と市長の兼務も可能ではあったが、7月3日には大統領に辞表を提出。市長職に専念することとなった[3]。
名称
経済
交通


フランス国鉄(SNCF)の主要駅は、ル・アーヴル駅。TGVのinOuiが毎日走行しており、パリ(マント・ラ・ジョリー駅、ヴェルサイユ)をはじめ、ルーアン、リヨン、マルセイユへアクセスできる。
高地と低地を結ぶため、ル・アーヴル・ケーブルカーが走行している。
市街地はル・アーヴル・トラムのA線とB線が走行しており、グラン・アモーとコークリアーヴィルを結んでいる。2027年頃には、南東地区に向かうC線が開通予定。
文化
姉妹都市
出身者
- ルネ・コティ:第四共和政期の大統領
- クリスティーヌ・ラガルド:欧州中央銀行総裁、IMF専務理事、フランス財務大臣。幼少期を同地で育った。
- アルテュール・オネゲル:作曲家(スイス国籍)
- アンドレ・カプレ:作曲家・指揮者
- クロード・モネ:画家[4]
- ラウル・デュフィ:画家
- ジャン・デュビュッフェ:画家
- ポール・フレール:自動車ジャーナリスト(現・ベルギー国籍)
- ジェロム・レ・バンナ:格闘家
- レーモン・クノー:詩人・作家
- ローラン・リュキエ:司会者
