ヴィーケン県
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- ヴィーケン県
- Viken fylke
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県の紋章 - 測地系: 北緯60度0分0秒 東経10度0分0秒 / 北緯60.00000度 東経10.00000度座標: 北緯60度0分0秒 東経10度0分0秒 / 北緯60.00000度 東経10.00000度

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国
ノルウェー王国地方区分 エストラン 県庁所在地 オスロ
ドランメン
サルプスボルグ県知事所在地 モス 県知事 ヴァルゲード・スヴァールスタ・ホーグランド(2019年 - ) 県議会議長(県長) ロジャー・リーベング(2020年 - 2023年) 公用語 ノルウェー語(ニュートラル[1]) 面積
- 総計
- 陸上
- 水域
- 国土に占める割合6位
24,592.77 km2
22,768.30 km2
1,824.47 km2 (7.4%)
- 7.6 %
[2]人口
- 総計 (2023年)
- 全人口に占める割合
- 人口変化 (3年)
- 人口密度1位
1,241,165 人
23.5 %
+4.0 %
50.5 人/km2
[3]県内総生産
- 総計()
- 全GDPに占める割合位
万NOK
%創設年
廃止年2020年1月1日
2014年1月1日県番号 42 ISO 3166-2:NO NO-42 時間帯(夏時間) CET (UTC+1)
CEST (UTC+2)公式サイト agderfk.no
ヴィーケン県(ヴィーケンけん、ノルウェー語: Viken fylke)はかつてノルウェー南部に存在した県。北をインランデ県、東をスウェーデンのヴェルムランド県、南東をスウェーデンのヴェストラ・イェータランド県、南をヴェストフォル・オ・テレマルク県、西をヴェストラン県と接し、オスロ・フィヨルド最北奥のオスロを取り囲んでいた。公式の行政中心地はオスロ、ドランメン、サルプスボルグの3都市[4]。県知事所在地はモス。
面積は2万4593平方キロメートル[2]、人口は2023年時点で約124万人[3]。最も人口の多い県で、国民の5人に1人がヴィーケン県に住んでいる計算であった。
2020年1月1日にアーケシュフース県、ブスケルー県、エストフォル県およびオップラン県ルンネルとイェヴナーケル、ヴェストフォル県Svelvik(現在のドランメン市)が合併して成立した[5]。だが強制的な合併は住人の支持を得られず、2024年1月1日付けで合併は解消されて消滅した[6]。
県知事(Statsforvalter)は「オスロ・オ・ヴィーケン県知事」で、オスロ県知事も兼任している。ヴィーケン県廃止後もオスロ、エストフォル県、アーケシュフース県、ブスケルー県の県知事を兼ねる形で留任している[7]。2024年2月23日、ヴィーケン県消滅に伴い役職名は「エストフォル、ブスケルー、オスロ・オ・アーケシュフース県知事(Statsforvalteren i Østfold, Buskerud, Oslo og Akershus)」に改称された[8]。
県名は歴史的地名のヴィーケンに由来する。
ヴァイキング時代はオスロ・フィヨルドの両端とアーケシュフースの大部分を含んでいたが、中世に入るとブーヒュースレーン地方北部のみを指す言葉へと変化した。スヴェレ・シグルツソン王の時代にヴィーケンはRanrikeとElfsyslaへ分割された後、1532年にブーヒュースレーンへ編入された[9]。同地域がスウェーデンに帰属して以降、ノルウェーでは次第に使われなくなった。第二次世界大戦時、ナチス・ドイツの傀儡政権のクヴィスリング政権が地名として復活させ、ヴェストヴィーケン県とエストヴィーケン県を設置したが敗戦により消滅している[10]。21世紀に入ってからはViken Fiberといった国内の企業や団体が名称として使用するようになった。
ニーノシュク推進派団体のNoregs Mållagは、ブスケルー県北部といったオスロ・フィヨルド以外の内陸部を含んでいることからヴィーケンと名乗ることに反対している[11]。
県廃止後も県知事の役職名として「ヴィーケン」は残っていたが、2024年2月23日に「エストフォル、ブスケルー、オスロ・オ・アーケシュフース県知事」へ改称したことで消滅した。Karianne Tungデジタル化・行政大臣は「ヴィーケンはもはや県名でも地名でもない。現在の県知事は複数の県を担当する豊富な経験を持っている」と説明している[8]。
歴史
合併まで
ヴィーケン県の合併構想が発表されたのは2016年4月5日であった[12]。各県議会からは合併反対の声が相次いだ。アーケシュフース県は歴史的にオスロと結びつきが強く、オスロ以外との合併に強く反対した[13]。エストフォル県は地域の拡大により、県の一貫性が無くなるとして反対した[14]。2017年6月8日にストーティングでヴィーケン県の合併が採択されると[15]、ブスケルー県は「ヴィーケン県設立を支持する基盤はもはや存在しない」と述べ、強制合併に上訴する構えを示した[16]。
Norstatが2018年に実施した世論調査では合併賛成が14%、反対は56%であった[17]。Infactが2019年に実施した世論調査では賛成が20.6%、反対が57%であった[18]。支持政党別にみると、4つの与党のうち進歩党、保守党、キリスト教民主党支持者は反対が賛成よりも多く、ノルウェー自由党支持者のみ賛成が反対を上回った[19]。
2019年9月9日に先駆けてヴィーケン県議会議員選挙が実施された。議席を獲得した政党のうちノルウェー労働党、中央党、社会主義左翼党、緑の党の4党はヴィーケン県の解散に向けて協力を発表した。4党から成る「ヴィーケン県行政プラットフォーム」の議席は45席で、ヴィーケン県議会の過半数以上を占める[20]。行政プラットフォームは、2021年ストーティング総選挙まではヴィーケン県の新県庁を建設せず、総選挙後にストーティングへ県の解散と旧県の復活を求める方針に合意した[21]。
ヴィーケン県
2020年1月1日、予定通り合併が執り行われヴィーケン県が発足した[5]。間もなく進歩党が政権から離脱し、これを好機と見た社会主義左翼党は1月22日にストーティングへ県の解散を求める意見書を提出した[22]。3月10日、進歩党は行政プラットフォームの支援を発表した[23]。
2021年9月13日のストーティング総選挙では行政プラットフォームの各党が過半数を獲得。中央党はヴィーケン県の解散を連立政権の参加条件とした[24]。ヴィーケン県議会は総選挙結果を受け、解散に向けた具体的なプロセスを開始した[25][26]。Norstatが2022年に行った世論調査では、56%が解散に賛成し、27%が反対していた[27]。
2022年2月23日、県議会はヴィーケン県の解散を決定した[28]。2024年1月1日付けでヴィーケン県は消滅し、アーケシュフース県、ブスケルー県、エストフォル県が復活した[6]。なお2020年までオップラント県に属していたイェヴナーケル、ルンネルの2自治体は新たなアーケシュフース県に帰属する[29]。
政治
| 代 | 画像 | 氏名 | 所属政党 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| オスロ・オ・ヴィーケン県知事(Statsforvalteren i Oslo og Viken) | ||||||
| 1 | ヴァルゲード・スヴァールスタ・ホーグランド | キリスト教民主党 | 2019年1月1日[30] | 2024年2月23日 | 最後のオスロ・オ・アーケシュフース県知事(2011年 - 2018年) | |
| エストフォル、ブスケルー、オスロ・オ・アーケシュフース県知事(Statsforvalteren i Østfold, Buskerud, Oslo og Akershus) | ||||||
| (1) | ヴァルゲード・スヴァールスタ・ホーグランド | キリスト教民主党 | 2024年2月23日 | 現職 | 職名変更[8] | |
| 代 | 画像 | 氏名 | 所属政党 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ロジャー・リーベング[31] | ノルウェー労働党 | 2020年1月1日 | 2023年12月31日 | 最後のブスケルー県長(2015年 - 2019年) 県廃止に伴い退任 |
