三宅弘城
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| みやけ ひろき 三宅 弘城 | |
|---|---|
| 別名義 | 石鹸 |
| 生年月日 | 1968年1月14日(58歳) |
| 出生地 |
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| 身長 | 165 cm |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | 俳優 |
| ジャンル | 舞台・テレビドラマ・映画 |
| 配偶者 | 未婚(2022年死別) |
| 所属劇団 | ナイロン100℃ |
| 事務所 | 大人計画 |
| 公式サイト | 公式プロフィール |
| 主な作品 | |
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テレビドラマ 『相棒』 『怪物くん』 『ドン★キホーテ』 『ST 赤と白の捜査ファイル』 『あさが来た』 『世界一難しい恋』 『いだてん〜東京オリムピック噺〜』 テレビ番組 『みいつけた!』 | |
三宅 弘城(みやけ ひろき、1968年〈昭和43年〉1月14日 - )は、日本の俳優。神奈川県横須賀市出身。劇団ナイロン100℃所属。所属事務所は大人計画。石鹸名義でバンド「グループ魂」、パンクロックバンド「画鋲」のドラムを三宅名義で担当する。
健康参加以前
中学の頃から、KERA(のちの健康・ナイロン(ナイロン100℃)の主宰)が参加する有頂天を好んで聴いており、バンド活動でもドラムを叩いていた。
高校の頃に体操競技部に入部。器械体操の名門・日本体育大学への一般推薦入試も決まっていたが、体操ではなく水泳の飛び込みでの推薦だったため辞退し、東京国際大学に進学。大学で大槻ケンヂ(当時筋肉少年少女隊・空手バカボンなどに参加)や若王子耳夫(初期の電気グルーヴに在籍)と知り合う。
健康時代
劇団健康(以降「健康」)の第5回公演『ホワイトソング』再演に衝撃を受け、アンケートに「みのすけは凄い」と書き残した(『ハルディン・ホテル』パンフレットなど、様々な場所で目にすることができる)。
1988年に健康のオーディションに合格(『カラフルメリィでオハヨ〜いつもの軽い致命傷の朝〜』初演より参加)。オーディション合格理由は、体操を生かしたバック転。
健康時代は4年間、ずっと若手扱いであった。主要キャストになったのは、ナイロン参加後の『予定外』。チラシに名前が載ったのも遅く、第9回公演の『牛の人』が初クレジットであった(この間にも第7回公演『後ろ姿の素敵な僕達』や第8回公演『スマナイ。』に出演しているが、チラシには記載なし)。
ナイロン参加以後
「ナイロン」の旗揚げメンバー。
芝居のなかにおいて、ボケ役、ツッコミ役、進行役、と、どれでもこなすオールマイティーな役者。特に、ナイロンの初期作品『SLAPSTICKS』のビリー役で、それが顕著に発揮されている。1996年にプロボクサーのテストにも合格。現在のナイロンメンバーの中でも体のキレが抜群。それらの経歴を生かして、ナイロンの公演規模が大きくなった現在でも、激しい殺陣があると彼が担当する。自分が出ないナイロンの公演や他劇団のアクションも多数つけている。
現在では犬山イヌコ、みのすけに次いでナイロンの主要俳優。この2人が欠番した初の公演に『フリドニア〜フリドニア日記#1』があるが、この公演の際には彼が全般的に劇進行の重要な役を果たした。後に、同様の欠番公演に『絶望居士のためのコント』(2000年)がある。
ナイロンが10周年記念公演として上演した『ハルディン・ホテル』まで、本公演で欠番したのは『テクノ・ベイビー』のみ。それ以降のナイロン100℃の本公演で三宅が出演していない作品として、『男性の好きなスポーツ (2004年)』『ナイス・エイジ (再演・2006年)』『犬は鎖につなぐべからず (2007年)』『神様とその他の変種 (2009年)』がある。主役としてクレジットされた公演は、『フランケンシュタイン〜Version 100℃〜』『シャープさんフラットさん (ホワイトチーム)』のみ。
劇団以外の活動
1999年に、グループ魂の『ぼくエンペラー!』にドラムとして参加したことをきっかけに、大人計画社長の長坂まき子に事務所に所属しないかと声を掛けられる。ナイロン100℃が劇団員一括でのマネジメントをやめて外部のプロダクションへそれぞれ所属することになったタイミングであったため、大人計画に所属することとなる[1]。これは、あくまで芸能事務所としての大人計画へ所属したものであって大人計画の劇団員ではなく、以後も現在までナイロン100℃の劇団員である。
大人計画所属後は、松尾スズキや宮藤官九郎の作品にも度々出演している。また、テレビドラマや映画など舞台以外の作品にも多数出演している。
劇団☆新感線には、1999年『轟天2(直撃!ドラゴンロック2)』に初出演。その後、何度も出演しており、「準劇団員」と呼ばれている[2]。2010年の『鋼鉄番長』では、主演の橋本じゅんが体調不良により東京公演の途中で降板したため、急遽その代役を務めた[3]。橋本が降板する前、三宅はこの公演を観劇しており、観劇して数日後に代役のオファーを受けている。三宅はたった4日間の稽古期間で公演を再開させ、残りの東京公演と大阪・福岡公演の千秋楽まで主演を務めた[注 1][4][5]。
2019年には、大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』に黒坂辛作役で出演していたピエール瀧が降板となり、代役に起用された[6][7]、過去の出演分も含めて全て再撮影が行われた[8]。 三宅自身は、制作発表当初から脚本の宮藤に「いつ出してくれるんですか?」と言っていたり、宮藤も他の役のキャスティング候補に三宅の名前を挙げていたりするなど正式な出演の可能性はあったが、急遽代役での出演となった[5][9]。
音楽活動
グループ魂に参加するにあたって、シリアルナンバー入りのドラムセットまで購入した。名前を入れる時、悩んだ末に「石鹸」としたようだ[10]。宮藤自身が「演劇の世界では先輩にあたるんですが、どうもそうとは思えないフシがありまして」とコメントする通り、グループ魂ではつっこまれキャラとしても活躍[10]。
「石鹸のテーマ」という楽曲において、「体は20歳だ」「頭は5歳だ」と形容されている[11]。
2018年より、宮藤官九郎らとともにパンクバンド「画鋲」で活動。
私生活
2007年11月11日に入籍し、この日はコンセントの日ということから、妻のあだ名は「コンセントさん」になった。本人によると、妻はガタイが良くて、喧嘩が強いとのこと。ただし、恐妻家ではないと語っている。2022年6月13日に妻は癌により49歳で死去しており、その1年後に公表した[12]。