三宅記

From Wikipedia, the free encyclopedia

三宅記』(みやけき)は、伊豆地方の神々の縁起

三嶋大社静岡県三島市
本書の物語の主神「三嶋大明神」を祀る。

寺社の起こりや由緒を記した寺社縁起の1つで、旧伊豆国地方、現在の静岡県伊豆半島東京都伊豆諸島地域の神々に関して記述されている。書名「三宅記」は通称の1つで、現在残る写本はその他にも「三嶋大明神縁起」「嶋々御縁起」「白浜大明神縁起」など様々な通称を持つ[1]

本書は本地垂迹説に基づき寺社の縁起を説く、いわゆる本地物の1つで[2]、原本は鎌倉時代末期に完成したと見られている[3]。内容は主神「三嶋大明神」の出自に始まり、伊豆諸島の造島、そして三宅島を中心とした開拓の伝承が記される。国史記載の伝説との相関も見られ、伊豆諸神の考証にあたって重要視される史料である[2]

文中では、後半から壬生御館実秀(みぶのみたちさねひで)に始まる壬生家の人物が記されている。壬生家は、三宅島の信仰の中心である御笏神社・富賀神社・薬師堂の二社一堂を現代まで管掌するとともに、古くは島政も司った家柄である[4]。本書はこの壬生家の由来記として、その下で編まれたと考えられている[5]

写本と現代語訳

七島文庫蔵本(壬生家旧蔵本、壬生本、三宅島本)
三宅島東京都三宅村)の神官・壬生家に伝えられた写本[4]。現在は三宅島七島文庫所蔵[4]。内題は「三嶋大明神縁起」[6]。御笏神社内陣に納められた内陣本と見られている[6]。壬生家は、最初の三嶋神奉斎者とされる壬生御館実秀の末裔という[4]
  • 翻刻:「三嶋大明神縁起」『国学院大学紀要 第16巻』1978年、98-125頁。 
前田家蔵本(新島本)
新島東京都新島村)に伝えられる写本[7]。写本は3冊あり、1冊は無題、2冊は通称「島々御縁起」[8]。無題のものは文明13年(1481年)の奥書を持つ[3](写本の中でも古い部類[7])。
  • 翻刻:「(無題)」『国学院大学紀要 第16巻』1978年、98-125頁。 
伊古奈比咩命神社蔵本(白浜本)
静岡県下田市白浜の伊古奈比咩命神社に伝わる写本。奥書から、享保年間(1716年-1735年)後半から元文年間(1736年-1740年)初めの成立と推定されている[9]。文書は漢字片仮名混じりで、朱筆の注が付記されている[9]
この写本の底本は同社の旧別当寺・禅福寺に伝来していたが(禅福寺本)、その後失われ、現在は寛政3年(1791年)作の外函のみを残している[3]。主な翻刻は次の通り。
  • 翻刻:「白濱大明神縁起」『道守』伊古奈比咩命神社社務所、1918年、付録1-付録31頁。 
    • 『道守』(国立国会図書館デジタルコレクション)174-189コマ参照。
  • 翻刻:「白濱大明神縁起」『伊古奈比咩命神社』伊古奈比咩命神社、1943年、70-95頁。 
  • 翻刻:下田市教育委員会 編「三宅記(白浜本)」『下田市史 資料編 1 -考古・古代・中世-』下田市教育委員会、2010年、471-498頁。  - 要約を併記。
内閣文庫蔵本(太政官文庫旧蔵本)
  • 翻刻:神道大系編纂会 編「三宅記(一名 伊古奈比咩命社記)」『神道大系 神社編 16 -駿河・伊豆・甲斐・相模国-』神道大系編纂会、1980年、220-240頁。 
無窮会神習文庫蔵本(井上頼圀旧蔵本)
  • 翻刻:神道大系編纂会 編「異本三宅記(三嶋白濱嶋々大明神御縁起)」『神道大系 神社編 16 -駿河・伊豆・甲斐・相模国-』神道大系編纂会、1980年、240-255頁。 
その他の写本
上記以外の写本として、内閣文庫蔵本(和学講談所旧蔵本)、来宮神社蔵本、原家蔵本(2冊)、浅沼家蔵本、三嶋大社蔵本のほか、10本以上が存在する[10]
現代語訳
『三宅記』の現代語訳を著した書籍。
  • 下田市教育委員会 編『下田市の民話と伝説 第1集』下田市教育委員会。  - 『三宅記』前半部を紹介。

内容

脚注

参考文献

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI