三輪色夫
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三輪君は大和国城上郡大神郷(現在の奈良県桜井市三輪町)を根拠地とした氏族で、『記紀』によると、崇神天皇の時代に三輪山の大物主神を祭ったという大田田根子を始祖としている。『新撰姓氏録』「大和国神別」には、素佐能雄命の六世孫、大国主神の後裔であるとしている。
『日本書紀』には雄略天皇の時、天皇の迫害を恐れて御馬皇子が三輪君身狭の許に身を寄せようとしたとある。色夫君の近親一族としては、三輪逆は敏達天皇の側近であった。舒明天皇8年(636年)3月条に三輪小鷦鷯、皇極天皇2年(643年)に山背大兄王の従者で、三輪文屋のことが記されてあり、同じ孝徳天皇の時代には、大化元年(645年)7月10日条に三輪栗隈君東人の任那派遣のことが語られている。