上丸子駅
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- 1918年(大正7年)11月21日:丸子鉄道大屋駅(後の電鉄大屋駅) - 丸子町駅間開通に伴い開業[1][2][3]。一般駅[4]。
- 1919年(大正8年)11月20日:駅構内種別を停留場から停車場に昇格[3]。
- 1943年(昭和18年)10月21日:交通統合に伴い上田丸子電鉄丸子線の駅になる[1][3]。
- 1951年(昭和26年)7月31日:西丸子線寿町駅 - 当駅間鉄道敷設免許交付[3][5]。
- 1956年(昭和31年)8月17日:西丸子線寿町駅 - 当駅間鉄道敷設免許失効[3][5]。
- 時期不詳:無人化[4]。
- 1969年(昭和44年)4月20日:丸子線の廃線に伴い廃止となる[1][2][3]。
駅構造
駅周辺
上田市の旧小県郡丸子町地区で、町制施行時の領域にあった4駅のうちの1駅である。同町は1912年(大正元年)10月30日に小県郡丸子村が町制を施行し発足した町だが、最初は旧同村村域がそのまま丸子町域であり、町域の大字は腰越・上丸子・中丸子・下丸子の4つしかなかった。開業当時同町域にあったのは丸子町駅、中丸子駅、下丸子駅(後の信濃丸子駅→丸子鐘紡駅)と当駅だったが、全駅とも駅舎を持ち、駅員が切符を販売する駅であった。また当駅前には1917年(大正6年)にオープンした[7]、モダンなとんがり帽子型のツインタワーを持った[6]「丸子劇場」という劇場があった[6][7]。戦前は旅回りの一座が演じる演芸場であったが、戦後は「丸子映画劇場」として営業した。当駅は同劇場の最寄り駅として、人気映画が公開される際には混雑していたと言われる。同劇場は当駅の廃止後に廃場し解体され、ボウリング場となった後、宗教団体の施設となった。現在はその施設が、駅があった位置を探す際の手がかりとなっている。
