上田東駅
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駅構造
廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった[7]。ホームは線路の南側(丸子町方面に向かって右手側)に存在した[7]。そのほか発着線がホームを外れた東側に機回しが出来る側線を1線、その側線の丸子町方から南側に分岐し駅舎東側附近に伸びた行き止りの側線を1線、さらにその側線から丸子町方に分岐しさらに2線に分かれる行き止りの側線を有した[7]。貨車の扱い及び電車の留置を行っていた[7]。
職員配置駅となっていた[5]。駅舎は構内の南側に位置しホーム中央部分に接していた[7]。堂々とした佇まいの建物であった[7]。ホームは木造の上屋を2棟有し、うち1棟はホームを過ぎて線路の末端部分も覆っていた[7]。ホームの西側は利用客の自転車置き場になっていた[7]。
駅周辺
開通時は丸子鉄道で唯一の長野県上田市の駅であった。国鉄上田駅とは離れた、市街地の入口[6]に当たる、東に位置した独自のターミナル駅であった[7]。発着する列車本数が上田駅よりも多かったために当駅周辺は賑わっていた。ほていや百貨店や上田デパートといった大型店舗や、映画館などが建てられていた[7]。
当駅が開業するまでは、願行寺という上田城初代城主真田氏ゆかりの寺の土地であった。駅の開業と同時に実施された上田市の都市計画事業により、土地を横断する形で都市計画道路が建設され、寺社地が墓地と寺の土地に分割され、道路沿いに通りが建設された(大門町)。駅の開業により上田市街地東部の開発が始まり、廃止直前頃までにそれが進んだ。

