上方下方騒動

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上方下方騒動(うえがたしたがたそうどう)は、江戸時代前期に高鍋藩家老白井種盛(権之介種盛)・種重親子の専横が発端となって発生し、40年近くもの長きにわたり続いた騒動である。

当時、白井種重(秋月氏を自称し、秋月又左衛門とも)の一派を上方(うえがた)、対立した坂田大学の一派を下方(したがた)といい、その両派の闘争のことを指していう[1]

白井種盛の専横と血まみれの内訌

脚注

参考文献

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