近世下味野村は、江戸期から1889年(明治22年)の村名である[1]。因幡国高草郡、鳥取藩領[1]。枝郷に朝月、赤池(穢多村)があった[2][注釈 1]。村高は拝領高1522石、「元治郷村帳」1215石余、「旧高旧領」1172石余[1]。氏神は牛頭天王[1]。1871年(明治4年)に鳥取県、1876年(明治9年)に島根県、1881年(明治14年)に再び鳥取県に所属[1]。
近代下味野は、1889年(明治22年)から現在の大字名で、はじめ美穂村、1953年(昭和28年)から鳥取市の大字である[1]。1890年(明治23年)、筧雄平は繁忙期の農家のため託児所を開設した[4]。