島根県大原郡木次町(現在の雲南市)出身。明治大学在学中の1950年から、プロ活動を始め、奥田宗宏とブルースカイ・オーケストラなどに在籍した[1]。
1965年、白木秀雄クインテットの一員としてベルリン・ジャズ・フェスティバルに出演し、国際的に注目を浴びる。
1974年から7年間、TBSテレビ「サウンド・イン"S"」に出演し、軽妙な語りで広く親しまれた。
1988年、世良譲トリオ自己のトリオとしてモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演し、スイス放送曲より絶賛される。
2003年、南里文雄賞を受賞した。
2004年2月17日午後2時19分、多臓器不全のため東京都品川区の病院で死去した。71歳没。墓所は横浜市総持寺。