出羽仙台街道
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概要
陸奥国と出羽国を結んだ脇街道。標高1,000-2,000m前後の山々が連なる奥羽山脈を、標高350mの峠(堺田越)が結ぶ。仙台側では出羽海道[4]、新庄側では堺田越え[5]などの名称で呼ばれた。1815年(文化12年)には新庄藩が参勤交代に利用し、秋田藩にも利用されていた[6]。
戊辰戦争の戦後処理が行われた明治元年12月7日(西暦1869年1月19日)に、出羽国は羽前国と羽後国に分割された。明治の地誌には中山越と記される[7]。仙台と酒田を結んだ街道は現在、「北羽前街道」[8]、あるいは、「羽後街道」と呼ばれている。1990年(平成2年)、街道沿いの史跡群を国の史跡に指定するに当たって、「御勝手帳」「安永風土記御用書出」の記述を基に、指定名称を「出羽仙台街道中山越」としたことにより[9]名称が一般化した。すなわち、出羽仙台街道は、歴史的に広く使われていた名称ではない[10]。
酒田港から最上川を清水河岸(現大蔵村)で陸揚げされた上方物や松前物が、この街道を通って仙台城下に運ばれた[5]。
仙台への品物: 塩、塩マス、数の子、麻の実、栗、綿、塩引、身欠きニシン、秋味、砂糖、柿渋、蚕種、砥石、鉄など
仙台からの品物:マグロ、真綿、硝煙、石膏、明礬、イワシ、米、焼き麩、水油など
また、仙台・南部で生産された紅花は山形商人によって集荷され、1814年(文化11年)以降堺田越えまたは舟形口経由で清水河岸に出荷された[11]。仙台藩にとっては、奥州街道や陸前浜街道ほどではないにしろ、重要な街道であった。
出羽三山への参詣に向かう街道でもあり、かつては松尾芭蕉も通った。
現在、尿前番所と笹森番所の間の旧街道(4.2km)が、歴史街道として保存されており、往古の雰囲気が残されている。史跡「出羽仙台街道中山越」の指定範囲でもある[12]。
宿場・駅場
| 宿場 | 令制国 | 郡 | 現在の自治体 | 特記事項 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 都道府県 | 市区町村 | |||||
| 1. 吉岡宿 | 陸奥国 仙台領 | 黒川郡 | 宮城県 | 黒川郡 | 大和町 | 奥州街道が分岐。 |
| 2. 中新田宿 | 加美郡 | 加美郡 | 加美町 | 最上街道が分岐。 | ||
| 3. 岩出山町 | 玉造郡 | 大崎市 | 岩出山 | 岩出山城下。 一迫真坂町への海道、一迫川口町への海道、 志田郡古川町への海道との分岐[4]。 | ||
| 4. 下宮宿 | 一迫小僧荒町への脇街道が分岐[4]。 | |||||
| 5. 鍛冶谷沢宿 | 鳴子温泉 | 六角山(鬼首村荒湯への海道)との分岐[4]。 | ||||
| 6. 尿前宿 | 仙台藩御番所。 出羽へは尿前坂、小深沢坂、大深沢坂と難所が続いた[4]。 | |||||
| 7. 中山宿 | 正保年間に宿駅設置[4]。 | |||||
| 8. 堺田駅 | 出羽国 新庄領 | 最上郡 | 山形県 | 最上郡 | 最上町 | |
| 9. 笹森駅 | 新庄藩口留番所、富沢村枝郷[5]。1610年:口留番所設置[6]。 | |||||
| 10. 十日町駅 | ||||||
| 11. 向町駅 | 花立越え分岐(鬼首村への道)[5] | |||||
| 12. 鵜杉駅 | 志茂村枝郷[5] | |||||
| 13. 長沢駅 | 舟形町 | |||||
| 14. 舟形宿 | 新庄藩御番所[5]。羽州街道分岐 | |||||
小国郷内には本陣の置かれた宿場はなかった。郷内を通るいくつかの村は脇街道の駅場に定められた。各駅場には、荷物あるいは通信物の継ぎ送りのために問屋等が定められていた。[5]