中島弘二

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生誕 (1945-08-26) 1945年8月26日(80歳)
身長 164 cm (5 ft 5 in)
体重 70 kg (154 lb)
国籍 日本の旗 日本
中島 弘二
Koji NAKAJIMA
基本情報
生誕 (1945-08-26) 1945年8月26日(80歳)
身長 164 cm (5 ft 5 in)
体重 70 kg (154 lb)
国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県
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中島 弘二(なかじま こうじ、1945年8月26日 - )は、茨城県出身のプロゴルファー

17歳からゴルフを始め、1968年にプロ入りする[1]

1977年三菱ギャランでは初日を浦西武光許勝三&謝永郁&陳健忠(中華民国)・河野高明高井吉春と共に68をマークして2位タイでスタートし[2]1978年阿蘇ナショナルパークオープンでは西宮辰幸・高井・今井昌雪と並んでの8位タイ[3]に入った。

1980年の関東オープンでは初日を天野勝横島由一菊地勝司草壁政治・今井・村上隆矢部昭と並んでの9位タイ[4]でスタートし、3日目には矢部と共に安田春雄藤間達雄と並んでの3位タイ[5]に着けた。

1980年のブリヂストンオープンでは32位にいた2日目にインで31とダッシュしてアウトもパープレーでまとめ、2位タイの石井秀夫・矢部に1打差の67をマークし、通算5アンダー139で首位を奪った[6]。3日目には石井にかわされて矢部と並んでの2位タイ[7]となり、最終日には草壁と並んでの7位タイ[8]に入った。

1981年フジサンケイクラシックでは2日目に11番のショートホールでホールインワンを記録し[9]東北クラシックでは初日を入江勉と共に68の2位タイでスタートする[10]

1986年にはNST新潟オープン金井清一大町昭義木村政信と並んでの5位タイ[11]に入り、1992年大京オープン[12]を最後にレギュラーツアーから引退。 

トーナメント出場の傍ら、所属クラブで研修生を指導し、パワーと個性を引きだすレッスンプロとしても評判が高く、小林浩美の育ての親となった[13]

1995年にはシニア入りし[13]、五島昇メモリアルとうきゅうシニアカップで新井規矩雄小川清二ビル・ダンクオーストラリア)、松本紀彦を抑えて[14]初優勝[1]を果たす。

1996年には第一生命カップシニアで竹安孝博渡辺修松井利樹と並んでの9位タイ[15]、TPCスターツシニアでは堀口渡と並んでの7位タイ[16]に入り、日本プロシニアではテリー・ゲール(オーストラリア)、石井裕士・金井・堀口・鈴村照男長谷川勝治安田春雄菊地勝司小林富士夫を抑えて優勝[17]日本シニアオープンでは青木功ゲーリー・プレーヤー南アフリカ)、グラハム・マーシュ(オーストラリア)に次ぐ4位[18]に入った。

1998年にはTPCスターツシニア10位[19]、日本プロシニアでは金井の2位[20]に入った。

2003年のPGAフィランスロピービックライザックシニアには陳志明中華民国)、中尾豊健マイク・ファーガソン(オーストラリア)、山本善隆と並んでの7位タイ[21]に入った。

2004年にはキャッスルヒルオープンでは中村彰男横島由一と並んでの6位タイ[22]に入った。

2016年の日本プロゴールドシニアでは目にも異常が出てきたほか、大会1週間前に転んで痛めた右足に内出血が残る中、初日を1アンダーでまとめる[23]。首位と1打差で最終日をスタートし、2番でイーグル、3番でバーディを奪って一気に先頭に踊り出ると、その後は4ボギーを叩いて貯金を全部吐き出したが、16番をバーディとして1打差で逃げ切る[23]

2019年の日本プロゴールドシニアでは初日を1バーディ・1ボギーのイーブンパーでまとめ、71のエージシュート達成で単独首位に立った[24]

2022年に日本プロゴールドシニアに出場した後は体調を崩し、復活までに時間を要したが、2024年には小川に次ぐ2番目の年長者としてティーチングプロゴールド選手権に出場[25]。初日に前半を1バーディ・4ボギーと凌いたが、後半は11番でバーディを獲ると12番、13番では連続ボギーを叩く[25]。14番パー5ではバーディを取り返し、15番ではボギーと出入りの激しいゲームが続いたが、後半1つスコアを落とすにとどまり、全体でみれば3オーバー5位タイで首位と2打差の上位に着け、75でエージシュートも達成[25]

小林の他には香妻琴乃の師匠としても知られ、現在は工藤遥加を指導[26]するほか、週2、3回のラウンドレッスンを茨城ゴルフ倶楽部で行っている[25]

主な優勝

  • 1995年 - 五島昇メモリアルとうきゅうシニアカップ
  • 1996年 - 日本プロシニア
  • 2014年 - ISPS・HANDA CUP・フィランスロピーシニア
  • 2016年 - 日本プロゴールドシニア

著書

脚注

外部リンク

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