中村来生
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プロ入り前
高岡市立志貴野中学校時代は軟式野球部に所属[1]。
高岡第一高等学校では、2年生の秋季大会前に腰椎分離症を発症しベンチ入りメンバーから外れた[2]。その年の冬は体力作りに励み、3年の春季県大会でエースとして復帰。1回戦で滑川を完封するなど県大会優勝に大きく貢献したが[2][3]、続けて出場した春季北信越大会は初戦で新潟明訓にコールド負けを喫した[4]。夏の県大会は決勝に進出し、40年ぶりの夏出場にあと1歩まで近づいたが、決勝で高岡商に敗れ甲子園出場はならなかった[5]。
2021年10月11日に開催されたプロ野球ドラフト会議では、広島東洋カープから育成選手ドラフト3位指名を受け、支度金290万円・年俸250万円という条件で入団した(金額は推定)[6]。背番号は128[7]。
広島時代
2022年は、ウエスタン・リーグで3試合に登板し、0勝0敗、防御率13.50を記録した[8]。
2023年は、ウエスタン・リーグで5試合に登板し、1勝0敗、防御率10.80を記録[9][10]。10月5日に戦力外通告を受けた[11][10]。
広島退団後
広島退団後は、アメリカ合衆国アリゾナ州を拠点に活動するトラベリングチームであるアジアンブリーズに参加。中村は参加理由について「日本以外の野球も見てみたい、そしてその国でやってみたい」とコメントした[10][12]。
マーリンズ傘下時代
2024年5月18日、アジアンブリーズでの好投が認められ、マイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだことが発表された[13]。ルーキー級に分類されるドミニカン・サマーリーグにて、デビュー戦で1勝目を挙げるも、約2か月で11試合の登板で、1勝1敗1セーブ、防御率14.21の成績だった[14][15]。
2025年も同リーグでプレー。春ごろより上から投げていた投球フォームを横から投げるように変更すると相手打者の空振りが増え[16]、12試合の登板で、3勝3敗1セーブ、防御率4.82と前年より成績が改善した[14]ものの、好不調の波が激しかった[15]。12月11日に自由契約となった[15][17]。ただし、同年10月に日本に帰国後に取材を受けた地元・富山のテレビ局の番組内では、既に来季のキャンプの参加が決まっていることが報じられていた[18]。
選手としての特徴
詳細情報
背番号
- 128(2022年 - 2023年)