中村魁春 (2代目)
日本の歌舞伎役者
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来歴
1948年〈昭和23年〉、神奈川県に生まれる。兄(現・四代目中村梅玉)とともにおじにあたる六代目中村歌右衛門の芸養子となり[3]、1956年〈昭和31年〉1月、歌舞伎座『蜘蛛拍子舞』の翫才で二代目加賀屋橋之助を襲名して初舞台[4]。1961年〈昭和36年〉、ソ連公演に参加。1967年〈昭和42年〉4月・5月、歌舞伎座『絵本太功記』十段目(太十)の初菊・『妹背山婦女庭訓』「吉野川」の雛鳥・『仮名手本忠臣蔵』九段目の小浪ほかで五代目中村松江を襲名。
2001年〈平成13年)芸養父・歌右衛門死去翌年の2002年〈平成14年〉4月、歌舞伎座『
2025年〈令和7年〉3月1日、日本芸術院の会員に選出される[5]。
養父 歌右衛門から学んだ女形としての品格を持った演技には定評があり、本格派の女方として後進にもそれを伝えている。 近年では老け役にも意欲を示しており、その中でも特に難役として知られている 「三婆」[6]を全て手がけている。 これらの役は養父 歌右衛門も手がけていない役々である。
受賞
- 1974年(昭和49年)- 重要無形文化財保持者(総合認定)
- 1980年(昭和55年)- 『
貞操花鳥羽恋塚 』(鳥羽恋塚)の待宵の侍従で国立劇場奨励賞 - 1984年(昭和59年)- 『大経師昔暦』(おさん茂兵衛)のお玉で国立劇場優秀賞
- 1988年(昭和63年)-『妹背山婦女庭訓』「吉野川」の雛鳥で松竹社長賞
- 1992年(平成4年)- 日本芸術院賞、『廓文章』(吉田屋)の夕霧で国立劇場優秀賞
- 1993年(平成5年)- 第12回真山青果賞奨励賞、『国姓爺合戦』の錦祥女で国立劇場奨励賞
- 1994年(平成6年)-『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」で名古屋演劇ペンクラブ年間賞
- 1998年(平成10年)-『佐倉義民伝』のおさんで国立劇場優秀賞
- 2008年(平成20年)- 紫綬褒章[2][7]