中谷信夫

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1920-05-04) 1920年5月4日
没年月日 (1992-05-21) 1992年5月21日(72歳没)
中谷 信夫
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市
生年月日 (1920-05-04) 1920年5月4日
没年月日 (1992-05-21) 1992年5月21日(72歳没)
身長
体重
173 cm
64 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 1947年
初出場 1947年
最終出場 1955年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 南海ホークス (1956 - 1960)

中谷 信夫(なかたに のぶお、1920年5月4日 - 1992年5月21日)は、京都府京都市出身のプロ野球選手。左投右打で、ポジションは投手

京都市立第一工業学校(現・京都市立洛陽工業高等学校)、立命館大学から門司鉄道局(現・JR九州硬式野球部)を経て、シーズン途中ながらも1947年南海ホークスへ入団し[1]、1年目に15勝を挙げ、翌年も開幕から12連勝で、前年御園生崇男が記録したプロ野球記録の13連勝に挑んだ6月25日の対金星スターズ戦では6対2で敗戦投手となり連勝を止めるものの[2]、この年は21勝を挙げる。1951年には14勝して[3]最高勝率のタイトルを獲得し、5年連続二桁勝利も記録した。1955年に現役引退後は、1960年までコーチとなる。オーバースローから、スライダー、シュート、カーブを武器とした。

詳細情報

脚注

関連項目

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