久保一雄

From Wikipedia, the free encyclopedia

久保 一雄(くぼ かずお、1901年2月16日 - 1974年1月26日)は、日本の映画美術監督洋画家

群馬県藤岡市生まれ[1][2]

日本映画美術監督協会の創立者の一人。独立美術協会会員。

川端画学校洋画部で学んだ後、日活撮影所に入所[1]

撮影所の労働運動に関わり、「三・一五事件」で検挙される。転向しないままに奈良刑務所を出所後、PCLに入社[1]。『人情紙風船』(山中貞雄監督)では岩田専太郎の美術考証にもとづいて、装置を担当。戦中・戦後にかけて、成瀬巳喜男木村荘十二山本嘉次郎マキノ雅弘黒澤明ら有力な監督の下で美術を担当。フリーとなってからは、山本薩夫今井正独立プロの映画制作に協力した。

戦前戦後の映画関連の労働運動経験者としても、山本薩夫『私の映画人生』(新日本出版社、1984年)、井上雅雄『文化と闘争――東宝争議1946-1948』(新曜社、2007年)で言及されている。

受賞と評価

経歴

出典

Related Articles

Wikiwand AI