宮城野部屋(横綱鳳谷五郎が師匠の部屋。現在とは系統が異なる)に入門し、1938年1月場所に初土俵。1942年1月に十両昇進、一時期幕下に陥落したが、すぐに返り咲いて1944年1月場所、13勝2敗で十両優勝を遂げた。1945年6月、新入幕、翌11月場所には8勝2敗の好成績をあげる。
右四つからの寄りを得意として、幕内中堅力士として活躍したが、大きな殊勲の星はあげられなかった。それでも、新入幕以来1954年1月場所まで24場所連続して幕内をつとめた。十両に落ちてしばらく現役を続けたが、1954年9月場所限りで廃業した。