二階堂時綱 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 鎌倉時代後期生誕 弘安3年(1280年)死没 不詳官位 左衛門尉、三河守 凡例二階堂時綱時代 鎌倉時代後期生誕 弘安3年(1280年)死没 不詳官位 左衛門尉、三河守幕府 鎌倉幕府、室町幕府氏族 藤原南家乙麻呂流 二階堂氏父母 父:二階堂盛綱子 佐々木道誉正室、きた(法名・留阿)、ミまテンプレートを表示 二階堂 時綱(にかいどう ときつな)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武士。鎌倉将軍府(後の鎌倉府)及び室町幕府初代政所執事。 二階堂盛綱の子。応長元年(1311年)に出家し、法名は行諲。当初は鎌倉幕府で評定衆を務め、元弘3年(1333年)に建武の新政下で鎌倉将軍府(後の鎌倉府)政所執事に補任されたのをはじめ、室町幕府では康永3年/興国5年(1344年)引付方を務め、貞和2年/正平元年(1346年)、貞和4年(1348)、観応元年(1350)の4度にわたって政所執事に再任された。観応の擾乱では足利直義に与した。 娘は佐々木道誉の正室であり、時綱は佐々木道誉の義父である[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 森 1994, p. 166. ↑ 森 1994, pp. 167–168. ↑ 森 1994, p. 168. ↑ 森 1994, pp. 169–170. ↑ 森 1994, p. 170. ↑ 森 1994, p. 171. ↑ 森 1994, pp. 171–172. ↑ 森 1994, pp. 172–173. ↑ 森 1994, p. 173. ↑ 森 1994, pp. 215–217. ↑ 『滋賀県の地名』平凡社〈日本歴史地名大系25〉、1991年。 出典 安田元久 編『鎌倉室町人名事典』 452頁 新人物往来社、1990年 『日本人名大辞典』 講談社、2001年 表話編歴室町幕府政所執事 二階堂時綱1333 長井広秀1334 二階堂行朝1335 二階堂行直1340 二階堂時綱1346 粟飯原清胤1348 二階堂行朝1349 佐々木道誉1349 二階堂行通1351 佐々木道誉1352 粟飯原清胤1353 二階堂政元1354 佐々木道誉1354 二階堂行元1368-1379 伊勢貞継1379-1391 伊勢貞行1393-1410 伊勢貞経1410-1431 伊勢貞国1431-1449 二階堂忠行1449-1459 伊勢貞親1460-1466 伊勢貞宗1466-1468 伊勢貞親1468-1471 伊勢貞宗1471-1490 伊勢貞陸1490-1520 伊勢貞忠1521-1535 伊勢貞孝1535-1562 摂津晴門1562-1571 伊勢貞興1571 Related Articles