五十嵐めぐみ
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| いがらし めぐみ 五十嵐 めぐみ | |
|---|---|
![]() 2007年 | |
| 本名 | 岡 恵実(旧姓:平松) |
| 別名義 | 森田 めぐみ |
| 生年月日 | 1954年9月18日(71歳) |
| 出生地 |
|
| 身長 | 168 cm |
| 血液型 | A型 |
| 職業 | 女優 |
| ジャンル | 映画・テレビドラマ・舞台 |
| 活動期間 |
1975年 - 1983年 1988年 - 現在 |
| 活動内容 |
1976年:『さかなちゃん』 1983年:結婚、芸能界を引退 1988年:女優へ復帰 |
| 配偶者 | ケン影岡(1983年 - 1988年) |
| 事務所 | 愛企画 |
| 主な作品 | |
|
テレビドラマ 『ムー』 『ムー一族』 『江戸川乱歩の美女シリーズ』<天知版> 『3年B組金八先生』<第7シリーズ> 『法医学教室の事件ファイル』シリーズ 映画 『坊ちゃん』 | |
五十嵐 めぐみ(いがらし めぐみ、1954年9月18日 - )は、日本の女優。本名、岡 恵実(おか めぐみ)[1]。旧姓、平松。
名古屋市[1]東区[要出典]出身。所属事務所は愛企画。身長167cm、B85cm、W60cm、H90cm(1976年7月)[2]。
愛知淑徳高校に入学し、演劇部に入部。最初はほんの軽い気持ちで入ったというが、直ぐに演劇の魅力に取り付かれたという。高校卒業後上京し、喫茶店等で働きながら松浦竹夫付属演劇研究所で演技の基礎を学ぶ[2]。
TBSのポーラテレビ小説『さかなちゃん』のヒロイン役が五十嵐めぐみとしてのデビュー作である[3]が、それ以前には森田めぐみの芸名で活動。森田時代には少年課刑事を主人公とするTBSドラマ『甘ったれるな』[2]に婦人警官役でレギュラー出演したり[2]、東映のプログラムピクチャー2本(『暴力金脈』『強盗放火殺人囚』)にも端役で出演している。
当時の女優としては168cmと背が高く、そのスリムな体形とボーイッシュな魅力が個性となっていた。また、雑誌『GORO』(1983年6月23日号)・『週刊プレイボーイ』(1975年9月2日号、1977年1月11日号)などの雑誌にてヌードを披露したこともあるが、「江戸川乱歩の美女シリーズ」ではついに脱ぐことはなかった。
五十嵐めぐみとなってからは、映画では三浦友和主演の『残照』、中村雅俊主演の『坊ちゃん』に脇役で出演したが、1983年の『せんせい』で初の(今のところ[いつ?]唯一の)主役を演じた。
結婚引退前の映画出演は他に、萬田久子のデビュー作『夏の別れ』がある。
1983年、仕事がきっかけで交際していたカメラマンのケン影岡(本名:岡紀彦(おか のりひこ))と結婚し引退。10歳以上年の離れた相手との結婚であったことや、仕事も順調であったことから家族、所属事務所ともに大反対されたが信念を通した。しかし、1988年5月に夫が癌で死去したことをきっかけに、女優に復帰した。
復帰後はテレビドラマや商業演劇の舞台、バラエティなどにもコンスタントに出演。当初は年齢の割りに固さが目立ったが、現在は若い頃の面影を残す容姿をたもった女優として活動中。また『徹子の部屋』に出演し、長男がLD(学習障害)であることを告白した[いつ?](徹子の部屋には、その後2度出演)。のちに[いつ?]自らの半生を綴った「ありのままで」を出版。前後して、長男の育児の経験をもとにした講演活動も積極的に行っている。
エピソード
- 五十嵐姓は母方の姓であることを自伝で告白している(幼少時に両親が離婚しているが、父親の籍に残っていた)。
- 森田めぐみ時代に出演した東映作品は松方弘樹主演の『暴力金脈』(共演:小沢栄太郎)と『強盗放火殺人囚』(共演:若山富三郎)で、いずれも短いシーンであるがヌードになっており、お色気担当としての起用であった
- ポーラテレビ小説「さかなちゃん」のオーディションの直前にNHK朝の連続テレビ小説「火の国に」のオーディションにも参加しており主人公役の最終選考まで残っている。
- 「さかなちゃん」の主役オーディションでは末次美紗緒と二人に絞られ五十嵐が選ばれた。末次は同ドラマで主人公の姉役で出演している。
- 『週刊プレイボーイ』では2度ヌードグラビアで登場しているが、2度目の写真素材は森田めぐみ時代に撮影されたものであり、「さかなちゃん」主演で人気者となったことにより、再度掲載された(このことは当時別の週刊誌でスキャンダル的に報じられた)
- 若い頃は「勝気で男勝りだが可愛らしい」という役柄を得意としており、「さかなちゃん」「ムー」「青春ド真中!」「美女シリーズ」などは同様路線での出演が続いた。(2007年の舞台「松井誠奮闘公演」でひさしぶりに男勝りの大工の親方を演じている)
- 土曜ワイド劇場には初期の頃から出演している稀有な存在であった。
- デビュー当初は天知茂の事務所アマチプロゼに所属。1980年に担当マネージャーであった吉川愛美と独立して現在の所属事務所でもある愛企画に移籍した。愛企画には宅麻伸も所属している。
- 亡夫のケン影岡はヌード写真を得意としていたが、70年代初期には日本のロックバンドのアルバムジャケットも多く手がけている。
