萬田久子

日本の女優 (1958-) From Wikipedia, the free encyclopedia

萬田 久子(まんだ ひさこ、1958年〈昭和33年〉4月13日[1] - )は、 大阪府出身の女優。デビュー当初は、万田 久子と表記されることが多かった。身長167センチメートル(cm)、体重47キログラム(kg)、B83、W59、H87 cm(1981年)[3]大阪府大阪市大正区出身[2]。所属は、オフィス萬田。ニックネームはマンピー⭐︎

別名義 万田 久子(読み同じ)
生年月日 (1958-04-13) 1958年4月13日(68歳)
身長 167 cm[3]
概要 まんだ ひさこ 萬田 久子, 別名義 ...
まんだ ひさこ
萬田 久子[1]
別名義 万田 久子(読み同じ)
生年月日 (1958-04-13) 1958年4月13日(68歳)
出身地 日本の旗 日本 大阪府大阪市大正区[2]
身長 167 cm[3]
血液型 B型
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマCM
活動期間 1978年 -
配偶者 なし(内縁の夫と死別)
事務所 グランパパプロダクション
主な作品
テレビドラマ
なっちゃんの写真館
京都殺人案内
ぴあの
八丁堀の七人
その男、副署長
グランマの憂鬱
映画
夏の別れ
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略歴

大阪府立港高等学校[1]帝塚山短期大学卒業[4]

短大在学中の1978年昭和53年)にミス・ユニバース日本代表に選出された[1]。同年7月、メキシコのアカプルコで行われたミス・ユニバース世界大会に出場したが、同大会では無冠だった。

翌年上京し、タレント活動を開始した。当初は本名ではなく「道頓堀 心子(心斎橋の“心”)」という芸名を付けようと事務所の先輩に言われていたが、芸名が決まる前の1980年(昭和55年)にテレビドラマ 『なっちゃんの写真館』(NHK)への出演が決まり、本名のままで女優としてデビューした[5]

1981年の『夏の別れ』では大胆なヌードシーンを披露し、話題を集めた[1]

佐々木力(後にリンク・セオリー・ジャパンの社長兼CEO、ファーストリテイリンググループ上席執行役員を歴任[6])と事実婚を貫いたが、2011年8月9日、佐々木がスキルス性胃がんにより60歳で死去[1][7]。葬儀の喪主を務める為、当時金曜レギュラーを務めていた『笑っていいとも!』(8月12日放送分)を休演。その後、9月末をもって番組を降板した。

佐々木の生前、東京・自由が丘の住居を建て替えしようとしていたが、地中熱システムを導入するための軟弱地盤に対するボーリング工事に伴う騒音問題などにより、住民側が区に直訴をしたため工事中断に追い込まれた。それでも建築を強行しようとした矢先に佐々木が死去したため、更地のまま残された[8]

人物

  • 2015年に放送された「マツコの知らない世界」にて、自らのコンプレックスは鼻が低いことであると明かしている[9]
  • サスペンス系から家庭の主婦、時代劇まで幅広い役どころをこなし、主にテレビドラマを舞台に長く人気を維持している。若いころはスレンダーな体形とロングヘアーで男性ファンに人気を博した[1]

出演

テレビドラマ

NHK

日本テレビ系

TBS系

フジテレビ系

テレビ朝日系

テレビ東京系

WOWOW

映画

舞台

吹き替え

テレビ番組

CM

MV

配信ドラマ

ディスコグラフィー

シングル

  • 愛のオーロラ(1981)
    • 作詞:三浦徳子/作曲:安川ひろし/編曲:安川ひろし
    • (c/w 夏の別れ)

アルバム

  • 夏の別れ(1981)

著書

  • 萬田流(2003年4月、幻冬舎ISBN 978-4344003224
  • 萬田久子の感じる着物(2024年4月28日、講談社ISBN 978-4062123815
  • 萬田ルールズ(2011年6月17日、朝日新聞出版ISBN 978-4022508416
  • Age is just a number! オンナのキレイ、秘密のTheory(2018年3月29日、KADOKAWAISBN 978-4046021618
  • 萬田久子 オトナのお洒落術(2024年10月24日、講談社) ISBN 978-4065365748

受賞歴

脚注

外部リンク

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