仲宗根創
沖縄民謡歌手
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経歴
- 幼少期
1988年、沖縄県那覇市に生まれ、小学3年時に沖縄市(コザ)へ移る。 祖父・仲宗根盛光の影響で3歳頃から三線と民謡に親しみ、祖父が通っていた民謡研究所へ共に足を運ぶなど、幼い頃から民謡環境の中で育った。祖父の奏でる三線は子守歌でもあったという[3]。[4]
- 三線との出会い
コザ移住後、祖父と共に民謡クラブを巡り、松田弘一が主宰する「島情話」で三線に衝撃を受け、弟子入りを志願して入門した。やがて照屋林賢がプロデュースしたアジマァレコード主催の「第1回民謡歌手オーディション」で優勝し、中学1年生でCDデビューを果たす。デビュー作『アッチャメー小』(2000年)は当時の民謡ブームの中で大きな注目を集め、雑誌掲載や正月番組への抜擢など反響を呼んだ。[5]
- 登川誠仁への弟子入り
民謡会派の分裂により師匠筋の所属が変わったことをきっかけに、祖父とともに琉球民謡協会に残り、憧れていた登川誠仁へ弟子入りを志願[6]。中学3年時、登川の自宅を訪ねるも「忙しい」と断られ続けたが、高校に進学後も1年間通い続け、ついに高校1年の夏休みに「来い」と弟子入りを許された。登川門下では、稽古の会話は全てウチナーグチ、内容は八重山民謡中心、庭仕事も含む厳しい修行だったが、本人は「毎日が楽しかった」と語っている[7]。酒好きの師の習性により稽古が1〜2ヶ月空く時期もあったが、10年間に渡り師事した。登川の晩年まで付き従い、亡くなる2日前にも会って会話を交わしたという。
活動
R∞2
音楽性
ディスコグラフィ
出演
ラジオ
- 『民謡で今日拝なびら』 (RBCiラジオ) - 月曜レギュラー