伊藤大介

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愛称 ダイちゃん、ダイスケ
カタカナ イトウ ダイスケ
ラテン文字 ITO Daisuke
国籍 日本の旗 日本
伊藤 大介
名前
愛称 ダイちゃん、ダイスケ
カタカナ イトウ ダイスケ
ラテン文字 ITO Daisuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-04-18) 1987年4月18日(38歳)
出身地 千葉県市原市
身長 166cm
体重 62kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
2003-2005 日本の旗 ジェフユナイテッド千葉ユース
2006-2009 日本の旗 順天堂大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2013 日本の旗 ジェフユナイテッド千葉 83 (5)
2014 日本の旗 大分トリニータ 40 (6)
2015-2018 日本の旗 ファジアーノ岡山 128 (12)
2019 日本の旗 SC相模原 30 (1)
2020-2021 日本の旗 Criacao Shinjuku 29 (4)
通算 310 (28)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

伊藤 大介(いとう だいすけ、1987年4月18日 - )は、千葉県市原市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー

ジュニア時代からジェフユナイテッド千葉の下部組織で育った生え抜き選手であったが、トップチーム昇格は叶わず順天堂大学に進学。順天堂大学の先輩には岡本達也森英次郎、同期には田中順也三浦旭人などがいる。大学時代は一年次からレギュラーで、全日本大学選抜やユニバーシアード日本代表にも選出された。関東大学リーグでは常盤聡東京農業大学)とともに4年間の最多出場選手として表彰された[1]

2010年、ユース時代に所属した千葉に入団。7月3日ひたちなか市総合運動公園陸上競技場で行われた鹿島アントラーズとのプレシーズンマッチでネット・バイアーノのアシストから決勝点を決める活躍を見せた。7月18日コンサドーレ札幌戦でリーグ初出場を果した。2011年は背番号を20に変更。センターハーフおよび右サイドハーフのレギュラーに定着すると、5月4日愛媛FC戦で自身リーグ戦初得点を直接フリーキックから記録。また出場した試合では主にセットプレーのキッカーを務めた。2013年は背番号を1桁台となる8に変更するがスタメンから外れる機会が増え、試合出場時間はルーキーイヤーを除くと過去最少となった。シーズン終了後、クラブからの公式発表は無かったものの日本サッカー協会が公開する移籍リストに名前が掲載され、12月28日大分トリニータへの完全移籍が発表された[2]

大分移籍後は同シーズンに加入した末吉隼也とボランチコンビを形成し開幕からほとんどスタメンで試合に出場し、ペナルティキックを含むセットプレーのキッカーを務めた。終盤戦に疲労によるパフォーマンス低下や、ダニエルの加入、金楨鉉の台頭等の影響によりベンチメンバーに回るが40試合出場・6得点といずれも過去最高の成績を残した。

2015年、ファジアーノ岡山に完全移籍[3]

2018年11月23日、岡山との契約満了が発表された[4]

2019年、SC相模原へ完全移籍[5]。シーズン終了後、契約満了により退団[6]

2020年、Criacao Shinjukuに加入[7]

2022年1月14日、現役を引退することが発表された[8]

2022年よりCriacao Shinjukuのコーチに就任[9]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007順大10---4040
200911--1010
2010千葉28J2110-20130
201120242-20262
2012252-40292
20138231-10241
2014大分19406-20426
2015岡山33354-10364
20167425-20445
2017241-10251
2018272-10282
2019相模原39J3301--301
2020C新宿16関東1部90--90
2021204--204
通算日本J2 25123-16026723
日本J3 301--301
日本関東1部 294--294
日本 --5050
総通算 310280021033128

その他公式戦

代表歴

指導歴

  • 2022年 - :Criacao Shinjuku コーチ

脚注

関連項目

外部リンク

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