伊藤治明
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北海道帯広三条高等学校卒業後は立命館大学文学部哲学科心理学専攻に進学し、学生時代には公営競技の実況をアルバイトで務めた。
大学卒業後の1975年に北海道文化放送(UHB)へ入社し、アナウンサーとして主にスポーツ中継や報道を担当。UHBの初期のスポーツ実況をほとんど担当したため、実況種目は10競技を超えている。
競馬中継ではテンポイント・ハギノトップレディ・サッカーボーイの新馬戦を担当[1]したほか、ホウヨウボーイの大沼ステークス、ハギノトップレディとブロケードの新旧桜花賞馬対決となった巴賞も実況し、北海道競馬記者クラブ創設にも関わった。競馬の仕事を通して寺山修司との交流もあり、寺山には「レースでの騎手の駆け引きなど専門的なことなどを教えてもらった」[2]と回想。
実況スタイルは踏襲していないが、盛山毅を師と仰ぎ、杉本清の影響を強く受けた。系列局の同期や1年先輩・後輩には馬場鉄志・神田康秋・堺正幸・浅見博幸・岩田雅人などがおり、親交も深かった。
競馬以外では北海道マラソン・UHB杯ジャンプラージヒルを第1回から実況し、他局の応援実況も積極的に引き受けた。
1993年に制作部へ異動し、スポーツ番組のディレクター・プロデューサーとしてUHBスポーツ中継の基礎を築いた。北海道マラソンでは中継方式を移動車方式からセンター方式へと変更し、今日のマラソン中継の形を作り上げた。
1999年からは映像局ライブラリー室勤務となり、取材用VTRテープの管理システムを共同開発したほか、フィルム素材のアーカイブ化を完成させて番組の企画・制作にあたった。2007年5月31日に早期退職。
退職と同時に北海道芸術高等学校で講師を務め2024年まで在籍し、その間には放送部顧問として「NHK杯放送コンテスト」「高文連放送コンテスト」などで多くの生徒を全国大会に送り出す。
現在は有限会社「イーヴォイス ナレーション工房」代表としてナレーションのオンライン制作に力を入れるほか、[3]、養成所「札幌アナウンスセミナー」でアナウンサー・ナレーター・声優育成の講師も務める[4]。
2014年には日本語検定1級を取得し、2021年には読人舎を設立。オーディオブッククリエイターとして、本名の他に「鬼城院護」「広小路学」名で作品を配信する[5]。
出演番組
- 競馬
- マラソン
- ウインタースポーツ
- UHB杯ジャンプラージヒル
- UHB杯サマージャンプ
- 北海道フィギュアスケート選手権
- フリースタイルスキー北海道大会
- アイスホッケー日本リーグ中継
- ゴルフ
- 北海道女子オープンゴルフ→東洋水産レディス北海道
- 道北オープンゴルフ
- キャノンクイーンズカップゴルフトーナメント
- JUNON女子オープン
- フジサンケイクラシック・フジサンケイレディスクラシック
- 三菱ギャラントーナメント
- 東北クイーンズゴルフ
- いすゞレディースカップトーナメント
- バレーボール
- テニス
- ミルクランドカップテニス
- アメリカンフットボール
- 北海道学生アメリカンフットボール選手権
- MISAWAパインボウル
- 相撲
- uhb杯大相撲トーナメント
- 陸上