ブロケード (1978年生の競走馬)
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エピソード
1980年8月に函館競馬場でデビュー。1000メートルの新馬戦を2着に7馬身差をつけて勝利したが、レース後軽度の骨折が見つかり、大事を取って半年間休養することとなる。
明け4歳となり、復帰戦となったダートの自己条件戦を久々のレースながら逃げ勝ち、桜花賞トライアルの4歳牝馬特別に出走する。京成杯3歳ステークスの勝ち馬タケノダイヤに人気が集中していたが、レースは2着のアグネステスコに6馬身差をつけてブロケードが勝利。3戦無敗で桜花賞に臨んだ。この年の桜花賞は、いわゆる「田んぼのような」不良馬場で行われ、長く降り続いた雨の影響で桜もまだ開花していなかった。前走で重馬場を克服していることもあり、ブロケードは1番人気に推された。レースでは無理に逃げることなく、3番手を追走。4コーナーで先頭に立つと、そこからは独走。追い込むテンモンに3馬身半差をつけ優勝を果たした。実況の杉本清は、「金襴緞子が泥にまみれてゴールイン!」という名調子でこの勝利の模様を伝えた[1]。その後も道悪での好走歴がある[2]。
続いて、二冠を目指し優駿牝馬に出走したが、距離延長への不安から4番人気という評価で、レースでも直線半ばで失速し、テンモンの13着という結果に終わった。優駿牝馬の後は、夏の目標を函館記念に定め、短期休養後の前哨戦として巴賞に出走する。前年の桜花賞馬ハギノトップレディも登録していたこともあり、新旧桜花賞馬対決として、レース前からファンの注目を集めていた。ブロケードは、斤量が55キロとハギノトップレディの59キロに比して斤量面では恵まれていたが、逃げ比べでは及ばないと見られ、3番人気に過ぎなかった。レースは、ハギノトップレディが1000メートルを57秒3というハイペースで逃げ、ブロケードは2番手で折り合いをつける。3コーナー手前で、ハギノトップレディがペースを落とした隙を見計らい一気に先頭を奪うと、4コーナーではハギノトップレディに1馬身差をつけた。ここまでは、柴田の作戦通りの理想的な展開だった。
しかし、この後ハギノトップレディがブロケードの外に出ると猛然と追い込んで馬体を併せ、ゴールまで激しい競り合いが続いた。勝敗は写真判定に持ち込まれたが、ブロケードがアタマ差及ばなかった。この後は、予定通り函館記念に出走するも、同じ4歳のホーワセキトに4馬身差の2着に終わった。
秋は、牝馬東タイ杯から始動。牝馬限定のマイル戦では敵は無く、1番人気に応えた。続いて、エリザベス女王杯に向かうも距離の壁は厚く、アグネステスコの13着に終わった。この後は、短距離戦を中心に走ることとなり、CBC賞を2着として4歳シーズンを終える。
翌1982年の初戦は、2月のスプリンターズステークス。前年の同レースの覇者であるサクラシンゲキを1馬身4分の3抑えて快勝した。古馬となっての勝利は結局このレースだけだったが、これは、当時の短距離戦はハンデ戦が多くブロケードの実績では重い斤量を背負わざるを得なかったことや、レース体系が未整備で目標となるレースが少なかったことが影響している。この後、ブロケードは1983年8月の函館記念まで走り、掲示板を外したのは13戦中わずか3戦という高い安定感を見せ、函館競馬場で引退式を挙行した。
馬名の意味のブロケード (brocade) とは、サテン地に浮き模様を織り出した織物(もともとは絹織物)のこと。この織物で金襴緞子(きんらんどんす、金箔を織り込んだ織物のこと)もよく作られることから、オーナーが金襴緞子をブロケードと勘違いして付けたようである。ちなみに半妹にジャカード(父:サンシャインボーイ)がいるが、この名前も織物の名前である。
引退後
年度別競走成績
繁殖成績
| 生年 | 馬名 | 性 | 毛色 | 父 | 厩舎 | 馬主 | 戦績 | 供用 | 出典 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1985年 | 生後直死 | マルゼンスキー | [4] | |||||||
| 初仔 | 1986年 | マジックカーペット | 牝 | 鹿毛 | ノノアルコ | 美浦・高松邦男 | 伊達秀和 | 2戦0勝 | 繁殖牝馬(2005年用途変更) | [5] |
| 1987年 | 流産 | プルラリズム | [4] | |||||||
| 2番仔 | 1988年 | ボニータ | 牝 | 鹿毛 | ナイスダンサー | 美浦・高松邦男→美浦・伊藤竹男 | 伊達秀和 | 2戦1勝 | 繁殖牝馬(2002年死亡) | [6] |
| 3番仔 | 1989年 | マダムポンパドール | 栗毛 | パーシャンボーイ | 美浦・高松邦男→北海道・須藤三千夫→金沢・米田興二 | 伊達秀和→川上悦夫→米澤郁也→司物産(株) | 22戦1勝(うち地方11戦0勝) | 繁殖牝馬(2007年用途変更) | [7] | |
| 4番仔 | 1990年 | ダンケルク | 牡 | サンテステフ | 美浦・高松邦男→水沢・菅原右吉→水沢・新田守→中津・小田部磨留男→佐賀・手島豊 | 伊達秀和→門脇義秋→元吉道雄→成安ツキ子 | 87戦8勝(うち地方75戦8勝) | 抹消 | [8] | |
| 5番仔 | 1991年 | トーストマスター | 黒鹿毛 | パルナシャン | 美浦・高松邦男→高崎・水野清貴 | 伊達秀和→原口常雄 | 15戦2勝(うち地方11戦2勝) | 抹消 | [9] | |
| 6番仔 | 1992年 | コンアモール | 牝 | 栗毛 | アサティス | 美浦・高松邦男 | 伊達秀和 | 23戦0勝 | 繁殖牝馬(2010年転売不明) | [10] |
| 7番仔 | 1993年 | モデスト | 黒鹿毛 | パルナシャン | 美浦・高松邦男→川崎・秋山重美 | 伊達秀和 | 23戦4勝(うち地方16戦2勝) | 繁殖牝馬(1999年死亡) | [11] | |
| 1994年 | 不受胎 | ロドリゴデトリアーノ | [4] | |||||||
| 1995年 | コタシャーン | [4] | ||||||||
| 8番仔 | 1996年 | フォローミー | 牡 | 鹿毛 | リズム | 美浦・高松邦男→高崎・水野清貴→金沢・青山義明→金沢・奥高平 | 伊達秀和→吉田秀次→矢尾隆雄 | 72戦4勝(うち地方55戦3勝) | 抹消 | [12] |
| 9番仔 | 1997年 | フラジオレット | 牝 | 栗毛 | ポリッシュパトリオット | 美浦・高松邦男 | 伊達秀和 | 4戦0勝 | 繁殖牝馬(2003年用途変更) | [13] |
| 10番仔 | 1998年 | ブロケードの1998(血統登録のみ) | 牡 | アフリート | [14] | |||||
| 1999年 | 生後直死 | ジェネラス | [4] | |||||||
| 2000年 | 不受胎 | テンビー | [4] | |||||||
| 2001年 | [4] |