伊藤良太 (バスケットボール)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 愛媛オレンジバイキングス No.21 | |
|---|---|
| ポジション | PG |
| 所属リーグ | B.LEAGUE |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 生年月日 | 1992年7月23日(33歳) |
| 出身地 | 神奈川県大和市 |
| 身長 | 177 cm (5 ft 10 in) |
| 体重 | 74 kg (163 lb) |
| キャリア情報 | |
| 中学校 | 大和市立渋谷中学校 |
| 高校 | 洛南高等学校 |
| 大学 | 慶應義塾大学 |
| プロ選手期間 | 2015–現在 |
| 経歴 | |
| 2015-2017 | 東京海上日動ビッグブルー |
| 2018-2019 | 岐阜スゥープス |
| 2020-2022 | 岩手ビッグブルズ |
| 2023-2025 | しながわシティ |
| 2025- | 愛媛オレンジバイキングス |
| 受賞歴 | |
| |
| キャリアハイ | |
| レギュラーシーズン / プレーオフ | |
| 得点 | 32:vs東京海上(2019/02/10) |
| 3ポイント成功数 | 5:6games |
| リバウンド | 10:vs東京EX(2021/02/27) |
| アシスト | 14:vs八王子(2024/02/03) |
| スティール | 10:vs立川(2024/01/20)Bリーグ最多 |
|
選手情報 B.LEAGUE.jp | |
伊藤 良太(いとう りょうた、1992年7月23日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。B.LEAGUEの愛媛オレンジバイキングス所属[1]。ポジションはポイントガード。
プロ入りまで
神奈川県出身。
小学4年時(2002年)に長津田第二ミニバスケットボールクラブに加入。小学6年時(2004年)に長津田第二ミニバスの主将となり、県大会に出場した。
2005年4月に大和市立つきみ野中学校でバスケットボール部に入部。初心者が多かったチームメイトや顧問の方針に葛藤した時、選抜で一緒になった一学年上の先輩に誘われ、中学二年(2006年5月)で大和市立渋谷中学校に転校した[2]。 中学三年時(2007年)に都道府県対抗ジュニアバスケットボール大会の神奈川県代表に選ばれた[3]。 総体神奈川県県央大会対今泉中学校戦で71得点を記録した。神奈川県大会ベスト16となった。
2008年に洛南高等学校進学後、バスケットボール部に入部。同期に笹山貴哉や谷口光貴、2級上に比江島慎や谷口大智、1学年上に小林遥太、2学年下に伊藤達哉、仁平拓海がいた。 洛南高校は、2006年から2008年までにウインターカップを3連覇するほどの全国屈指の強豪校であった。二年次からメンバー入りし、三年次には主力となりチームトップの得点を取ることもあった。[4] 在籍時のチームの成績は、2008年IH3位、国体優勝、WC優勝。2009年IH準優勝、国体優勝、WCベスト16。2010年IH2回戦、国体準優勝、WC2回戦となる。[5]
2011年、慶應義塾大学へ進学し、バスケットボール部に入部した。同期に吉川治瑛、3学年下にトカチョフ・サワがいた。一年次からメンバー入りし、関東大学バスケットボールリーグ戦1部スティールランキング第5位となる。大学三年時には関東2部得点王とスティール王の二冠を達成し、チームの一部復帰に大きく貢献する。大学四年時には関東1部で3Pランキングで原修太に次ぐ第2位となる。主将として、チームを1部6位に導いた。大学4年間を通じてリーグ戦の全試合に出場する。2015年に慶應義塾大学體育會功労賞を受賞した。
東京海上日動ビッグブルー時代(2015-2017)
2015年に慶応義塾大学を卒業後、当時、Bリーグはまだ立ち上がっておらず、「プロに進むか、大企業に就職するか」の選択に迫られ、最終的には安定を選び、東京海上日動火災保険に就職する決断をした[6]。 東京海上日動ビッグブルーに所属し、昼は保険営業、夜は練習参加、土日は試合という生活となった。 東京海上日動ビッグブルーは、当時のトップリーグであるNBLの下部リーグであるNBDLに所属していた。 伊藤は34試合に出場し、27試合先発、32.15分、12.65得点、2.71リバウンド、2.09アシスト、1.94スティールとルーキーながらもチームを牽引した。
2016-17シーズン、NBLとbjリーグがBリーグに再編され、東京海上日動はB3所属となった。 伊藤は32試合に出場、11試合先発、25.72分、10.44得点、2.84リバウンド、1.53アシスト、1.69スティールを記録した。 1.69スティールはリーグ2位となる[7]。 選手としては十分な活躍をしていたが、日本一を目指していた学生時代の熱量のギャップに苦しみ、2017年に1度目の引退を決意した[6]。
岐阜スゥープス時代(2018-2019)
2018年、東京海上日動火災保険の岐阜支店へ転勤となった。 ちょうどその頃、岐阜に新たにプロチームが立ち上がるタイミングと重なり、伊藤はチームに連絡を取り、トライアウトに参加し、合格した。 一年振りに岐阜スゥープスで現役復帰した。 昼は会社員、夜に練習のアマチュア契約としての契約だったが、「思い切りバスケができる幸せ」を実感できる時間となった[6]。 60試合出場、57試合先発、34.25分、13.58得点、3.67リバウンド、3.72アシスト、1.75スティール、3P40.7%を記録し、B3.LEAGUEのベスト5に選ばれた。 バスケットボールスピリッツのツイッター投票で「MYチームMVP」に選ばれた[8]。 この頃、「子どもたちの機会格差」についての記事に出会い、「スポーツを通して社会に貢献すること」が人生のビジョンとなり、プロ転向を決意した[6]。
岩手ビッグブルズ時代(2019-2022)
岐阜スゥープスでの活躍で他チームからも声がかり、伊藤は東京海上日動を退職しプロ選手としての道を選び、2019-20シーズンは岩手ビッグブルズに加入した。 初年度から主将を務めた。 38試合出場、38試合先発、22.71分、6.92得点、2.00リバウンド、2.66アシスト、1.18スティール3P41.0%を記録した。 新型コロナウイルス感染拡大に伴う影響で、リーグは中止された。
2年目の2020-21シーズンは、40試合出場、38試合先発、28.63分、6.23得点、2.93リバウンド、4.20アシスト、0.83スティール、3P42.1%を記録した。
3年目の2021-22シーズンは、49試合出場、28試合先発、19.16分、6.06得点、1,51リバウンド、1.96アシスト、1.16スティールを記録した。 このシーズン終了後、2度目の引退を決断した。 株式会社ヘラルボニーの人事責任者に転身した[9]。
しながわシティバスケットボールクラブ時代(2023-2025)
2023-24シーズン、しながわシティバスケットボールクラブで2度目の現役復帰を果たした[10] 主将を務めた。 2024年1月21日に行われた立川ダイス戦にてB3リーグ記録の1試合最多10スティールを達成 。[11] 2024年4月1日に行われた金沢武士団戦にてキャリア通算3000得点を達成。[12] B3.LEAGUE 2023-2024 Season スティール王(2.21)の個人タイトルを獲得。[13] 全52試合に先発出場し、3ポイント成功率で2位(39.59%)となった。また、総合評価を示すEFF(efficiency)においても15.08でB3日本人1位(全体41位)となった。2024年4月15日に2023-24シーズン年間ベスト5に選出された。[14] 2024年5月25日に「B3チャリティオールスター2023-24」にTEAM EASTとしてが先発出場した。[15]その際、解説の石橋貴俊氏からTEAM WESTで年間MVPの細谷将司選手と共にTEAM EASTの注目選手として取り上げられた。
2年目の2024-25シーズンも引き続き主将を務めた。 2024年10月25日の八王子戦にてキャリア通算1000アシストを達成した。[16] 2024年11月4日の東京U戦にてキャリア通算3P400本成功を達成した。[17] 2024年11月22日の埼玉戦にてキャリア通算500スティールを達成した。[18]
愛媛オレンジバイキングス時代(2025-)
2シーズン品川に所属し、シーズン終了後の2025年5月13日にBリーグの自由交渉選手リストに入ることが発表された[19]。その後、6月13日にB2西地区に所属する愛媛オレンジバイキングスへの新規加入が発表された[20]。長年B3でキャリアを送ってきた伊藤にとっては初のB2クラブへの所属となる。
所属
- 東京海上日動ビッグブルー(2015 - 2017)
- 岐阜スゥープス(2018 - 2019)
- 岩手ビッグブルズ(2020 - 2022)
- しながわシティバスケットボールクラブ(2023 - 2025)
- 愛媛オレンジバイキングス(2025 - )
受賞
- B3.LEAGUE 2018-2019 Season BEST5
- B3.LEAGUE 2023-2024 Season スティール王(2.21)
- B3.LEAGUE 2023-2024 Season BEST5