佐藤和夫 (哲学者)

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佐藤 和夫(さとう かずお、1948年 - )は、日本の哲学者千葉大学名誉教授。専門は哲学、文化理論、ジェンダー論、異文化コミュニケーション[1]ハンナ・アーレント研究の第一人者[1]

名古屋市の貧しい農家に生まれる[2]東京大学文学部哲学科卒[3]。1977年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。1978年東京大学文学部哲学科助手(1981年まで)。1982年千葉大学教養部助教授、1995年同教授。2013年千葉大学名誉教授。この間、ユーゴスラヴィアドイツ民主共和国(東ドイツ)、オーストリアアメリカ合衆国に留学[2]。1985~1986年唯物論研究協会(全国唯研)編集の季刊誌『思想と現代』(白石書店)の初代編集長[4]。2002~2004年全国唯研委員長[5]

人物

東京大学1年生の後期から駒場(教養学部)自治会の常任委員を務め、1968年1月の佐世保エンタープライズ事件に参加した。この頃、民青系と中核系の両方に深い関わりをもっていたという。1968年11月に革マル派に木材と鉄パイプで殴られて重傷を負い、学生運動から学問の道に移った。当初は美学を志望していたが、美学の教員と合わなかったため哲学を選んだという。修士課程に入った後、東京唯物論研究会(東京唯研)や全国若手哲学研究者ゼミナール(現・哲学若手研究者フォーラム)を通じて後藤道夫吉田傑俊吉田千秋石井伸男らとつながりを持ち、東京唯研の年上の世代の古在由重芝田進午島田豊の3人と親交を持ったことから、東京唯研の若手の改革派と「スターリンは問題だと本気で思った少し上の世代の人たち」の両グループが中心となった1978年の唯物論研究協会(全国唯研)の創立に参加した。1979年12月のソ連アフガニスタン侵入で社会主義に幻滅し、 1982年か1983年くらいにハンナ・アーレントの『精神の生活』を読んだことが転機となり、アーレントの研究をするようになった[2]

著書

単著

  • 『くらしのなかの民主主義』(部落問題研究所、1990年)
  • 『性のユマニスム――エロスと結婚のゆくえをさぐる』(はるか書房、1992年)
  • 『女たちの近代批判――家族・性・友愛』(青木書店[シリーズ「現代批判の哲学」]、2001年)
  • 『男と女の友人主義宣言――恋愛・家族至上主義を超えて』(はるか書房[Haruka selection]、2004年)
  • 『仕事のくだらなさとの戦い』(大月書店[Somo-somo sosyo]、2005年)
  • 『「政治」の危機とアーレント――『人間の条件』と全体主義の時代』(大月書店、2017年)
  • 『「政治」のこれからとアーレント――分断を克服する「話し合い」の可能性』(花伝社、発売:共栄書房、2022年)

共著

編著

  • 『転形期の思想――古在由重記念論文集』(小川晴久吉田傑俊共編著、梓出版社、1991年)
  • 『ラディカルに哲学する(全5巻)』(尾関周二、後藤道夫共編、大月書店、1994-1995年)
  • 『ラディカルに哲学する 1 考える営みの再生』(責任編集、大月書店、1994年)
  • 『ラディカルに哲学する 2 「近代」を問いなおす』(責任編集、大月書店、1994年)
  • カール・マルクスと西欧政治思想の伝統』(ハンナ・アーレント[著]、編 、アーレント研究会訳、大月書店、2002年)
  • 『アーレントとマルクス』(吉田傑俊、尾関周二共編、大月書店、2003年)
  • 『生きる意味と生活を問い直す――非暴力を生きる哲学』(豊泉周治高山智樹共編、青木書店[シリーズ「哲学から未来をひらく」]、2009年)
  • 『哲学中辞典』(尾関周二、後藤道夫古茂田宏中村行秀、吉田傑俊、渡辺憲正共編、知泉書館、2016年)
  • 『わがままに生きる哲学――ソクラテスたちの人生相談』(多世代文化工房著、藤谷秀渡部純共責任編集、はるか書房、2016年)

訳書

出典

関連文献

外部リンク

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