佐藤慧一

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フルネーム Keiichi Satō
誕生日 (1997-07-27) 1997年7月27日(28歳)
身長 179 cm
佐藤 慧一
基本情報
フルネーム Keiichi Satō
誕生日 (1997-07-27) 1997年7月27日(28歳)
出身地 日本の旗 日本
北海道札幌市
身長 179 cm
選手情報
クラブ 雪印メグミルク
使用メーカー フィッシャー
最高記録 219.0m
ワールドカップ
シーズン 2019年 -
優勝回数 0
他の表彰台 0
表彰台獲得数 0
最終更新日:2021年4月22日
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佐藤 慧一(さとう けいいち、1997年7月27日 - )は、北海道札幌市生まれ、下川町出身のスキージャンプ選手である。雪印メグミルクスキー部に所属する。

札幌市に生まれ、小学3年で長沼町より下川町に転校し、同級の伊藤将充に誘われて小学4年よりスキージャンプを始める[1]。下川中学校2年時の全国中学校スキー大会では1学年上の小林陵侑に続いて2位に入賞、下川商業高校では2年時に高校選抜を優勝、3年時に高校選抜を連覇し、国体少年の部、宮様スキー大会少年の部を優勝する。

2016年、高校を卒業し雪印メグミルクに入社する。社会人3年目の2018年、全日本選手権ラージヒルで3位入賞の後、名寄ピヤシリジャンプ大会で社会人初優勝し[1]、このシーズンは国内大会で4勝をあげる。

国際大会は、FISカップ英語版は2014年9月のルシュノフ英語版大会で7位および2位に入りFISポイントを獲得。コンチネンタルカップは2016年8月のクオピオ大会で2日目に28位に入りポイントを獲得した。2019年1月の札幌大会では1日目15位、2日目6位の成績を上げたことから、直後のワールドカップ札幌大会に初出場し、予選22位、1日目26位、2日目23位でポイントを獲得した。

2019/20年シーズンの夏はコンチネンタルカップから参戦し、シュチンスク英語版大会では日本人選手としては9年ぶりに優勝し、その後のサマーグランプリではヒンターツァルテン英語版大会の混合団体2位[2]ザコパネ大会の男子団体優勝[3]などのメンバーとなり、白馬大会の個人戦では1日目3位、2日目2位に入賞した。冬はコンチネンタルカップから参戦し、クーサモ大会で1日目に優勝、2日目は3位に入賞した。その後エンゲルベルク大会よりワールドカップを転戦し、総合34位でシーズンを終えた。

2020/21年シーズンは、コロナ禍のため10月以降の開催となったサマージャンプ国内戦は7戦中3位2回であった。ワールドカップには初めて開幕戦から出場し、12月6日のニジニ・タギル大会で自己最高かつ初のトップ10入りとなる5位となるなど、3回の1桁順位となり総合20位でシーズンを終えた。シーズン序盤に行われたスキーフライング世界選手権に初出場、個人17位、団体5位のメンバーとなった。シーズン後半に行われた世界選手権にも日本代表として初出場し、ノーマルヒル21位、ラージヒル13位、男子団体4位のメンバーとなった。

2021/22年シーズンは全日本選手権ノーマルヒルで2位となったものの[4]、 その後調子を落とし北京オリンピックの代表を逃した。ワールドカップは最高22位、総合49位であったが、ビショフスホーフェン大会の男子団体2位のメンバーとなり[5][6]初めて表彰台に登った。

2022/23シーズンはワールドカップ総合63位であった。

2023/24シーズンはコンチネンタルカップ、サマーグランプリに出場、ワールドカップは札幌大会とRAW AIR大会以降に出場し、総合64位であった。国内戦では雪印メグミルク杯および国民スポーツ大会成年A組を制した。

2024/25シーズンはサマーグランプリおよびワールドカップに出場した。ワールドカップでは札幌大会終了時までのポイントで日本代表の6番手となり世界選手権の代表入りを逃し、その後コンチネンタルカップに出場した。ワールカップは総合58位でシーズンを終えた。国内戦は夏1勝、冬3勝をあげた。

主な競技成績

脚注

外部リンク

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