白馬村
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| はくばむら 白馬村 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 中部地方(甲信越地方) | ||||
| 都道府県 | 長野県 | ||||
| 郡 | 北安曇郡 | ||||
| 市町村コード | 20485-4 | ||||
| 法人番号 | 7000020204854 | ||||
| 面積 |
189.36km2 (境界未定部分あり) | ||||
| 総人口 |
9,818人 [編集] (推計人口、2026年2月1日) | ||||
| 人口密度 | 51.8人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
小谷村、長野市、大町市、上水内郡小川村 富山県:黒部市、下新川郡朝日町 新潟県糸魚川市 | ||||
| 村の木 |
オオヤマザクラ コブシ | ||||
| 村の花 | カタクリ | ||||
| 白馬村役場 | |||||
| 村長 | 丸山俊郎 | ||||
| 所在地 |
〒399-9393 長野県北安曇郡白馬村大字北城7025 北緯36度41分53秒 東経137度51分43秒 / 北緯36.69806度 東経137.86192度座標: 北緯36度41分53秒 東経137度51分43秒 / 北緯36.69806度 東経137.86192度 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||


白馬村(はくばむら)は、長野県の北西部に位置する村。北安曇郡に属する。北アルプスの麓にあり、冬はスキー、夏は登山の観光客が訪れ、避暑地としても知られる[1]。単体のスキー場としては日本国内最大規模の八方尾根スキー場があり、1998年長野オリンピックの会場にもなった[1]。
村名は富山県と接する白馬連峰の白馬岳(しろうまだけ)に由来する。
かつては白馬岳を含む連峰に名前はなく、「岳」「西山」等々ひとまとめに呼ばれていたが、連峰の万年雪が季節ごとに変化する過程で、山肌の雪形の模様が変化し、代掻き(しろかき)[注 1] を行う時期に現れる形の一つが、村から見ると馬の形をしていたことから、いつしか「代馬岳(しろうまだけ)」と称された。それがやがて「白馬岳(しろうまだけ)」に変化し、「はくばたけ」と音読されるようになり、麓の村や鉄道駅の名称ともなった[3]。
今日の白馬村の中心地である白馬町の一帯は、糸魚川街道の開通に伴い、集落が築かれた明治時代には固有の名称がなく、地籍名の「平川」、あるいは現在の八方口のかつての呼称・四ツ屋(四ツ家とも)に由来する「四ツ谷」と呼ばれた[4]。明治から大正時代にかけて平川や松川の氾濫が相次いだことから、平川という名が水害を招く要因ではないかと忌避され、四ツ谷の呼び名が年を追って盛んになった[5]。四ツ谷の名称は、昭和以降も使われたが、太平洋戦争によって中断していた国鉄大糸線の中土駅~小滝駅間の建設工事再開によって、新潟県側の平岩に新設される駅の名に白馬の名が推されると、平岩に白馬の名を取られては困ると考えた四ツ谷住民は、区総会によって1954年(昭和29年)6月1日、区名を「白馬町」に変更。町内の駅を「白馬駅」と改称するように国鉄当局に陳情した。1957年(昭和32年)8月15日に大糸線は開通したが、白馬駅の名称はいずれの駅でも使用されず、1968年(昭和43年)になって信濃四ツ谷駅が白馬駅に改称され、今日に至る。
地理
気候
寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。降雪量が多く、特別豪雪地帯に指定されている。
年平均気温は9.6℃である。平年値では猛暑日が0.0日、真夏日が22.0日、夏日が76.2日、真冬日が25.1日、冬日が138.3日となっている[6]。また、12月から2月にかけて日平均気温が氷点下となっている。
年平均降水量は1889.2mmである。また、年平均降雪量は655cmである。
年平均日照時間は1556.2時間である。
極値[8]
| 要素 | 観測値 | 観測年月日 |
|---|---|---|
| 日最高気温 | 36.2℃ | 1994年8月16日 |
| 日最低気温 | -18.7℃ | 1981年1月31日 |
| 白馬の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 13.2 (55.8) |
16.9 (62.4) |
22.8 (73) |
28.6 (83.5) |
32.3 (90.1) |
33.1 (91.6) |
34.6 (94.3) |
36.2 (97.2) |
33.8 (92.8) |
27.7 (81.9) |
24.2 (75.6) |
18.3 (64.9) |
36.2 (97.2) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 1.4 (34.5) |
2.6 (36.7) |
7.0 (44.6) |
14.6 (58.3) |
20.8 (69.4) |
23.6 (74.5) |
27.0 (80.6) |
28.4 (83.1) |
23.6 (74.5) |
17.7 (63.9) |
11.5 (52.7) |
4.5 (40.1) |
15.2 (59.4) |
| 日平均気温 °C (°F) | −2.8 (27) |
−2.4 (27.7) |
1.2 (34.2) |
7.6 (45.7) |
13.8 (56.8) |
17.7 (63.9) |
21.5 (70.7) |
22.6 (72.7) |
18.2 (64.8) |
11.9 (53.4) |
5.5 (41.9) |
−0.1 (31.8) |
9.6 (49.3) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −7.2 (19) |
−7.3 (18.9) |
−3.6 (25.5) |
1.7 (35.1) |
7.8 (46) |
13.1 (55.6) |
17.7 (63.9) |
18.5 (65.3) |
14.3 (57.7) |
7.4 (45.3) |
0.9 (33.6) |
−4.0 (24.8) |
5.0 (41) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −18.7 (−1.7) |
−18.6 (−1.5) |
−15.9 (3.4) |
−12.4 (9.7) |
−1.3 (29.7) |
2.8 (37) |
10.1 (50.2) |
9.1 (48.4) |
2.7 (36.9) |
−3.5 (25.7) |
−11.2 (11.8) |
−16.4 (2.5) |
−18.7 (−1.7) |
| 降水量 mm (inch) | 141.5 (5.571) |
125.9 (4.957) |
136.2 (5.362) |
126.4 (4.976) |
135.0 (5.315) |
211.4 (8.323) |
280.8 (11.055) |
177.7 (6.996) |
181.9 (7.161) |
136.5 (5.374) |
100.4 (3.953) |
135.6 (5.339) |
1,889.2 (74.378) |
| 降雪量 cm (inch) | 216 (85) |
174 (68.5) |
110 (43.3) |
7 (2.8) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
14 (5.5) |
130 (51.2) |
655 (257.9) |
| 平均月間日照時間 | 71.3 | 96.1 | 136.9 | 169.6 | 193.8 | 146.1 | 138.8 | 169.1 | 118.8 | 128.6 | 112.1 | 75.0 | 1,556.2 |
| 出典:気象庁 | |||||||||||||
| 白馬村 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 雨温図(説明) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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歴史
鎌倉時代には佐野坂から現在の小谷村一帯まで含む六条院領の荘園千国荘が成立し、江戸時代には沢渡、佐野、飯田、飯森からなる四ヶ庄(四ヶ条)と呼ばれた。封建時代から松本藩による重税に苦しい生活を強いられてきた地域であった[9]。
今日の白馬村一帯は1882年(明治15年)頃までは田畑や原生林であり、塩の道沿いの平川神社の付近に数戸の家屋のみ知られていた[10]。糸魚川街道の開通が契機となり、街道に沿った新たな宿場町の設立を希望する有志が集まり、1888年(明治21年)末には31戸を数えた[11]。
- 1956年(昭和31年)9月30日 、北安曇郡神城村・北城村が新設合併し、白馬村が発足する[12]。当時はスキー業は今ほど活発に行われておらず水稲・養蚕を中心とした純農村という状態であった。また文化的にも交通の面からも要所から遠く離れた寒村であった[9]。
- 1958年(昭和33年)12月、白馬ケーブルが八方屋根に架設され、白馬村でテレビが映るようになる[12]。
- 1961年(昭和36年)12月、全村に有線放送電話が設置される[12]。
- 1963年(昭和38年)8月、『白馬小唄』が製作される[12]。
- 1966年(昭和41年)10月に村内の国道148号の舗装が全線で完了し、12月には白馬長野線(現在の国道406号)が全線で開通した[12]。
- 1967年(昭和42年)
- 9月、村章が制定される。
- 11月、白馬村合併10周年記念式典を挙行[12]。
- 1979年(昭和54年)11月、村民憲章を制定する[12]。
- 1982年(昭和57年)
- 1984年(昭和59年)7月、白馬東部で、集中豪雨により6億6千万円相当の被害が出る[12]。
- 1985年(昭和60年)3月、姫川源流が「名水100選」に選出される[12]。
- 1987年(昭和62年)
- 1992年(平成2年)12月、白馬ジャンプ競技場が完成する[12]。
- 1993年(平成3年)11月、白馬村保健福祉ふれあいセンターが完成する[12]。
- 1994年(平成4年)2月、エコーランド地区が村内初の「景観形成住民協定地」に認定される[12]。
- 1996年(平成6年)8月、道の駅白馬が完成する[12]。
- 1998年(平成10年)2月、長野オリンピック開催。翌3月にはパラリンピックが開催された[12]。
- 1999年(平成11年)10月、大出吊橋、青鬼地区が信州の「サンセットポイント100選」に認定される[12]。
- 2009年(平成21年)8月、「ふるさと白馬応援し隊」が発足する[12]。
- 2013年(平成25年)2月、白馬村キャラクター「ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世」がデビューを飾る[12]。
- 2014年 (平成26年) 11月、最大震度6弱の長野県神城断層地震が発生。白馬村の震度計では震度5強を記録したが、白馬村の一部の地域では、震度5強よりも強い揺れがあったとみられており、神城地区などでは死者こそ出なかったものの木造家屋の多くが倒壊するなどの大きな被害が出たことから災害救助法の適用を受けた[13]。なお、気象庁の震度データベースによると、震源地は白馬村のほぼ直下であった。
- 2016年(平成28年)
- 2018年(平成30年)12月、5Gを利用した除雪車運行実験や観光振興などでKDDIと連携協定[14]。
人口
1975年までは6千人台で推移していた人口は、1980年代前半から増加に転じ、2000年代には、1万人台に迫る勢いであった。2010年代後半では減少に転じている[15]。ただし、2010年代前半より定住外国人の増加が進んでおり、2012年末では総人口に対する割合が3.1パーセントであったのに対し、2017年末時点で7.39パーセントと増加している[16]。
| 白馬村と全国の年齢別人口分布(2005年) | 白馬村の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 白馬村
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
白馬村(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
行政
議会
経済
観光業
スキー業は明治末期に伝えられたとされ、その後大正、昭和と続いていった。そしてその中で日当たりが悪く雪持ちのよい裏山を開発してスキー場が作られたことによって白馬村においてスキー業は飛躍的に普及した。昭和30年代後半から40年代にかけるスキーブームにおいて村内のスキー場は拡張され、大手資本の進出もこれに拍車をかけ白馬村は一大スキーエリアへと変貌した。主要産業形態もそれまでの水田稲作農業に替わって観光が主産業である観光立村となった。そしてこのスキー村としての変貌は人口減少にも歯止めをかけ逆にペンションブーム到来による都市部からの移住から人口は増加した。そしてそこからインフラも成長していったわけである[9]。
1990年代以降、バブル崩壊による不況が人々のレジャーに対する考え方を変えつつあり白馬村も高度経済成長期のような姿からやり方を変える必要が生じた。実際に1992年(平成4年)をピークに来客も減っている[9]。
| 1999年 | 2000年 | 2001年 | |
|---|---|---|---|
| 白馬さのさか | 77,604 | 70,599 | 58,457 |
| 白馬五竜 | 543,102 | 516,610 | 426,800 |
| Hakuba 47 | 291,131 | 233,917 | 197,423 |
| 八方尾根 | 688,316 | 817,693 | 659,379 |
| 岩岳 | 292,648 | 209,666 | 204,074 |
| みねかた | 13,668 | 13,937 | 10,223 |
| ハイランド | 12,461 | 13,592 | 16,914 |
| 合計 | 1,918,930 | 1,876,014 | 1,573,270 |
スキー低迷で長らく閑散とした状態が続いていたが、2005年頃から、韓国やオーストラリアなど海外からの観光客が増えた。年間宿泊者数は従前の3倍強の3万人前後に膨らみ、地元ではスキー客の減少対策として、和田野を中心に約10軒の宿泊施設が「ハクバ・ツーリズム」を結成し観光誘客に取り組んだ。海外での知名度があがるにつれて、廃業や経営難から売りに出されたペンションの買収が進み、白馬食品衛生協会の調査では2007年には外国人がオーナーの施設は30軒にのぼった。なかにはスキー場を買収するオーストラリアの投資ファンドもあった。「ハクババレー」全体としての2017年~2018年スキーシーズンの外国人来場者数は33万人。日米両国企業による高級ホテル開設、同じく外国人スキー客の人気が高い北海道ニセコ地域の企業による村内ホテルの買収など滞在型国際スキーリゾートとしての整備が進んだ[18]。 村を訪れる観光客は、2012年-2013年以降、インバウンド客を中心に7期連続で増加していたが、2020年以降は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い激減。2020年-2021年に白馬周辺の10スキー場を訪れた外国人スキーヤーは前シーズンの約37万人から約4万人へと9割の減少を見せた[19]。
登山事故が非常に多く2005年からの約10年間で56名の死亡事故が起こっている。しかしながら基礎自治体レベルで講じられた対策は特になく、県により長野県白馬山岳遭難救助対策センターが設置されているが、無雪期においても死亡事故が相次いでいる。
2007年12月1日の「世界エイズデー」では、長野県がエイズ患者・HIV感染者の報告数が全国で2番目に多いと指摘され、白馬村などの外国人観光誘客に深刻な影響を与えうるものとして県レベルでの対策が急務とされた。その後は減少に転じ、公表されている限り2014年以降全国的にも低い報告数となっている。厚生労働省の「重点的に連絡調整すべき都道府県等」として2006年2月に含まれたが、2009年10月以降は入っていない[20]。
姉妹・友好都市
地域
交通

鉄道路線
バス路線
- 高速バス バスタ新宿・中央道八王子 - 白馬五竜・白馬町・白馬八方(京王バス東と共同運行)
- 高速バス 成田空港・横浜駅(YCAT) - 白馬さのさか・白馬五竜・白馬八方・白馬岩岳・栂池高原・白馬乗鞍・白馬コルチナ ※冬季のみ
- 高速バス 東京駅 - 白馬さのさか・白馬五竜・白馬八方・白馬岩岳・栂池高原・白馬乗鞍・白馬コルチナ ※冬季のみ
- 特急バス 長野駅東口 - サンサンパーク白馬 - 白馬五竜 - 白馬駅 - 白馬八方 - 白馬乗鞍
- 特急バス 松本バスターミナル・松本インター前 - 白馬さのさか・白馬五竜・白馬町・白馬駅・白馬八方 ※冬季のみ
- 路線バス栂池線 白馬駅 - 白馬八方 - 岩岳新田 - 栂池高原 - 白馬乗鞍
- 路線バス猿倉線 白馬駅 - 白馬八方 - 猿倉
乗合タクシー
- 信州まつもと空港行き(予約制)
- 村内には栂池高原と白馬八方バスターミナルと神城駅の各所に停留所がある。
道路


村内に高速道路は通っていない。関東方面からは、上信越自動車道長野IC、中京方面からは、長野自動車道安曇野IC、北陸・関西方面からは北陸自動車道糸魚川ICからのアクセスが便利。村内に松本糸魚川連絡道路の計画があるが村内の具体的なルート等は未定である。それとは別に国道148号の白馬北工区が事業中である。
- 一般国道
- 都道府県道
- 主要地方道
- 一般県道
- 村道
- 村道0105号線(白馬山麓線)
- 白馬村の基幹道路として第一期事業で2.6 km、第二期事業で4.5 kmが整備された八方 - 新田を結ぶ道路。1998年(平成10年)2月に開催された長野冬季オリンピック・パラリンピックの時に、アルペン・クロス・ジャンプ競技会場を結ぶ道路として利用された[22]。現在は観光道路として利用され、3000 m級の白馬連峰を一望にできる[22]。沿道にはスキー場や白馬岳高山植物帯があるほか、白馬八方温泉や白馬塩の道温泉などの温泉も数多くある。1987年(昭和62年)8月10日に美観性と機動性を基準に、「『白馬連峰』の山岳美を望む道」として旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された「日本の道100選」に選ばれている[23]。
- 道の駅
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 塩の道(千国街道)
- 塩の道祭り(5月)
- ラフォーレ白馬美術館
- 白馬三枝美術館
- 菊池哲男山岳フォトアートギャラリー
- 白馬村オリンピック記念館
- 白馬大雪渓
- 親海湿原・姫川源流湧水(名水百選)
- 落倉自然園
- 青鬼(あおに) - (重要伝統的建造物群保存地区、日本の棚田百選)
- 観音原石仏群
- スノーピークランドステーション白馬
スキー関連
- 白馬ジャンプ競技場
- 白馬クロスカントリー競技場
- Hakuba47ウィンタースポーツパーク - 夏期はHakuba47マウンテンスポーツパークとなる
- サンアルピナ白馬さのさかスキー場
- 白馬岩岳スキー場
- 白馬五竜スキー場
- 白馬ハイランドスノーパーク
- 白馬八方尾根スキー場
- 白馬みねかたスキー場
温泉
- 白馬ジャンプ競技場(2004年5月1日撮影)
- スノーハープ (2018年7月14日撮影)
- 白馬八方尾根スキー場と後立山連峰(白馬連峰)
- 秋の白馬大雪渓
- 新田地区伝行山 徹然桜
- 松川 松川大橋
- スノーピークランドステーション白馬
- 木流川。木材搬出のために作られた人工の川。
- きながし公園
- きながし公園 らくだ山
- 霧降宮切久保諏訪神社
- 観音原石仏群