下川町
北海道上川郡の町
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下川町(しもかわちょう)は、北海道上川地方の天塩国上川郡にある町。北見山地と天塩山地に囲まれた名寄盆地に位置する[1]。北海道内では道北に位置付けられる。
| しもかわちょう 下川町 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 北海道地方 | ||||
| 都道府県 | 北海道(上川総合振興局) | ||||
| 郡 | 上川郡 (天塩国) | ||||
| 市町村コード | 01468-1 | ||||
| 法人番号 | 9000020014681 | ||||
| 面積 |
644.54km2 | ||||
| 総人口 |
2,732人 [編集] (住民基本台帳人口、2026年7月31日) | ||||
| 人口密度 | 4.24人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
上川総合振興局 名寄市、士別市 オホーツク総合振興局 紋別郡:滝上町、西興部村、雄武町 | ||||
| 町の木 | トドマツ | ||||
| 町の花 | エゾリンドウ | ||||
| 下川町役場 | |||||
| 町長 | 田村泰司 | ||||
| 所在地 |
〒098-1206 北海道上川郡下川町幸町63番地 北緯44度18分09秒 東経142度38分07秒 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
概説
かつては農林業および鉱業(銅などを産出した下川鉱山、金や銀が採れた珊瑠鉱山)で繁栄し、人口はピーク時の1960年(昭和35年)には15,555人に達した。鉱山の閉鎖など産業構造の変化とともに過疎化が進んで人口が減少し、現在の人口はピーク時の5分の1を下回っている。
2000年代に入って「持続可能な地域社会の実現」を掲げて、バイオマスを含む森林資源の活用とそれによるエネルギー自給率の向上、集住によるコンパクトタウン化などに取り組んだ。2017年には、国際連合が提唱した持続可能な開発目標(SDGs)に基づく「ジャパンSDGsアワード」第1回で総理大臣賞を受賞した[2]。
スキージャンプが有名で、郊外にはミディアムヒル(K点65m)、スモールヒル(K点40m、26m)、ミニヒル(K点8m)と4つのジャンプ台がある。出身者や北海道下川商業高等学校の卒業生からは、スキージャンプやノルディック複合競技において、ワールドカップ大会やオリンピックの日本代表選手が選抜されている。
近年は移住促進も盛んで、下川町内の移住者起業も増えている。主な移住サポートはtanoshimo(タノシモ)というサイトから発信されている。
移住を伴う起業サポートとして、起業型地域おこし協力隊「シモカワベアーズ」も設立された。
町名の由来
当地で名寄川に「パンケヌカナン(panke-nukanan)」(下流の・ヌカナン川)、「ペンケヌカナン(penke-nukanan)」(上流の・ヌカナン川)の2本の支流が流れ込んでおり、このうち前者を「下の川」と意訳し「下川」としたとされている[3]。
なお「ヌカナン」の意味は2018年現在では分からなくなっている[3]。
キャッチフレーズ
おいでよ 森林(もり)と人が輝く町 しもかわ
地理
北海道北部を流れる天塩川の支流名寄川の上流部、名寄盆地の東縁にある。北見山地の斜面が大部分を占める。
山岳
- ウエンシリ岳(1142m)
- ポロナイポ岳(約1110m)
- 幾山岳(1030m)
- 札滑岳(993m)
- ピヤシリ山(989m)
- 糸魚岳(914m)
- 柵留山(852m)
- 砥割山(798m)
- 奴可難山(777m) - 「ぬかなんやま」と読む。糸魚岳の北西から北に伸びる尾根上に位置する山で、山名は下川パンケ川の古名「パンケヌカナン」、下川ペンケ川の古名「ペンケヌカナン」に由来し、アイヌ語の「ヌカナン(鳥の卵を産む沢)」が語源である。登山道は存在しない。
- 班毛山(722m) - 士別市との境にある標高768mの無名峰から北に伸びる尾根上に位置する山で、山頂には三等三角点「班毛山」が設置されている。山名は現在の下川パンケ川に由来し、アイヌ語で「下流」を意味する。登山道は存在しない。
- 蕗の山(718m) - 「つものやま」と読み、班毛山の北東に位置する山で、登山道は存在しない。
- 札天山(596m) - 山頂には三等三角点「甲辰山」が設置されており、北側の山麓は一の橋市街地でかつては名寄本線一ノ橋駅が存在していたほか下川町立一ノ橋小学校の跡地を利用して札天山収蔵館が開館している。山名は東側を流れるイサッテウシュナイ沢が由来であるがその意味は不明。登山道は存在しない。
- 前田山(560m) - 名寄市との境にある標高780mの無名峰から派生する尾根上に位置する山で、南東側はしもかわ珊瑠湖があり北側はサンル牧場が広がっている。山頂には二等三角点「一ノ沢」が設置されている。かつては「ヌカナンポトートㇺシペ」と呼ばれていたがその意味は不明。登山道は存在しないが山頂標識が設置されている。
- 矢文山(422m) - 名寄市との境付近にある標高507.7mの三角点ピークから派生する尾根上に位置する山で、現在は「やぶみやま」と読むが由来はかつての山名である「シプンオトチシ」に漢字を当てたものであるもののその意味は不明。
- 剣山(352m) - 西興部村との境界にある標高約730mの無名峰から南西方向に伸びる尾根上に位置する山で、山頂には四等三角点「剣山」が設置されている。登山道は存在しないが山頂標識が設置されているほか、廃屋状態となっている小屋跡が山頂に残されている。
- 三角山(346m) - 名寄市との境にありすぐ南のコルはパンケ越峠と呼ばれ道道206号が通っている。登山道は存在しない。
河川
- 名寄川
- 下川パンケ川(20.5km)
- サンル川(33.2km)
- 下川ペンケ川(16.0km)
- モサンル川(14.0km)
- シカリベツ川(14.5km)
隣接している自治体
地名の変遷
1984年4月1日に町全域をもって字名改正が実施された。その内容は以下のとおりである。
| 旧字一覧 | |
|---|---|
| 下川、下川原野、名寄、名寄原野、名寄太原野、上名寄、上名寄原野、一の橋、一ノ橋、一の橋原野、二の橋、二の橋原野、サンル、サンル原野、奥サンル、モサンル、モサンル原野、パンケ、パンケヌカナン、パンケヌカナンプ、パンケヌカナン原野、ペンケ、ペンケヌカナン原野、桑の沢、桑ノ沢、桑の澤、幸成、川向 | |
| 新たに画する字町 | 区域(旧字:上川郡下川町字) |
| 西町 | 名寄原野、上名寄原野、下川原野、名寄、下川、サンル、ペンケヌカナン原野 |
| 幸町 | 名寄原野、上名寄 |
| 錦町 | 名寄原野、名寄 |
| 共栄町 | 名寄原野、名寄 |
| 旭町 | 名寄原野、名寄 |
| 緑町 | 名寄原野、名寄 |
| 南町 | 名寄原野、名寄、下川原野 |
| 北町 | 名寄原野、川向、名寄、名寄太原野、上名寄原野、下川、上名寄、サンル |
| 上名寄 | 上名寄、下川、名寄原野、下川原野、モサンル原野、ペンケヌカナン原野、上名寄原野、名寄太原野、名寄、モサンル、一の橋 |
| 班渓 | 名寄、名寄原野、パンケヌカナン原野、パンケヌカナン、下川原野、上名寄原野、ペンケヌカナン原野、パンケ、上名寄、下川、桑の沢、桑ノ沢、桑の澤、二の橋 |
| 珊瑠 | 名寄、サンル、名寄原野、サンル原野、奥サンル |
| 渓和 | 名寄、名寄原野、名寄太原野、パンケヌカナン、パンケヌカナン原野、辺渓、パンケヌカナンプ、一の橋、上名寄原野、ペンケヌカナン原野、桑の沢、桑ノ沢、桑の澤 |
| 三の橋 | パンケヌカナン原野、パンケヌカナン、名寄、名寄原野、名寄太原野、川向、上名寄原野 |
| 二の橋 | 名寄原野、名寄、二ノ橋原野、二の橋原野、上名寄、上名寄原野、下川原野、二の橋 |
| 一の橋 | 上名寄原野、名寄、名寄原野、一の橋、一の橋原野、上名寄、下川、下川原野、一ノ橋、幸成 |
気候
ケッペンの気候区分によると、下川町は湿潤大陸性気候・亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属する。降雪量が多く、特別豪雪地帯に指定されている。
年平均気温は5.4℃である。平年値では猛暑日が0.0日、真夏日が5.1日、夏日が47.1日、真冬日が86.2日、冬日が181.9日となっている[5]。また、12月から3月にかけて日平均気温が氷点下となっている。
冬季は、近年でも-30℃を下回る気温が観測され、2020年2月9日に-30.4℃を観測している[6]。
年平均降水量は964.8mmである。また、年平均降雪量は820cmである。
年平均日照時間は1443.6時間である。
| 下川(上川郡下川町南町、標高143m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 6.4 (43.5) |
13.6 (56.5) |
15.1 (59.2) |
26.6 (79.9) |
31.9 (89.4) |
34.0 (93.2) |
37.3 (99.1) |
36.2 (97.2) |
31.5 (88.7) |
26.7 (80.1) |
19.8 (67.6) |
12.4 (54.3) |
37.3 (99.1) |
| 平均最高気温 °C (°F) | −3.9 (25) |
−2.7 (27.1) |
1.7 (35.1) |
9.3 (48.7) |
17.1 (62.8) |
21.3 (70.3) |
24.7 (76.5) |
25.0 (77) |
21.0 (69.8) |
13.9 (57) |
5.2 (41.4) |
−1.7 (28.9) |
10.9 (51.6) |
| 日平均気温 °C (°F) | −8.8 (16.2) |
−8.2 (17.2) |
−3.3 (26.1) |
3.6 (38.5) |
10.2 (50.4) |
14.8 (58.6) |
18.8 (65.8) |
19.4 (66.9) |
14.7 (58.5) |
7.9 (46.2) |
1.3 (34.3) |
−5.4 (22.3) |
5.4 (41.7) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −15.7 (3.7) |
−15.8 (3.6) |
−9.8 (14.4) |
−2.4 (27.7) |
3.3 (37.9) |
8.8 (47.8) |
13.8 (56.8) |
14.7 (58.5) |
9.1 (48.4) |
2.4 (36.3) |
−2.7 (27.1) |
−10.7 (12.7) |
−0.4 (31.3) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −35.1 (−31.2) |
−36.1 (−33) |
−32.3 (−26.1) |
−15.8 (3.6) |
−6.0 (21.2) |
−2.1 (28.2) |
1.5 (34.7) |
2.7 (36.9) |
−1.0 (30.2) |
−7.5 (18.5) |
−20.9 (−5.6) |
−31.7 (−25.1) |
−36.1 (−33) |
| 降水量 mm (inch) | 36.8 (1.449) |
28.2 (1.11) |
37.3 (1.469) |
42.8 (1.685) |
62.9 (2.476) |
64.1 (2.524) |
126.8 (4.992) |
143.6 (5.654) |
147.0 (5.787) |
118.8 (4.677) |
95.8 (3.772) |
60.7 (2.39) |
964.8 (37.984) |
| 降雪量 cm (inch) | 184 (72.4) |
150 (59.1) |
139 (54.7) |
40 (15.7) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
3 (1.2) |
82 (32.3) |
204 (80.3) |
820 (322.8) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 14.3 | 11.8 | 12.9 | 10.8 | 10.9 | 9.8 | 12.3 | 12.1 | 14.8 | 16.4 | 18.7 | 18.8 | 163.6 |
| 平均月間日照時間 | 64.9 | 88.7 | 124.4 | 151.3 | 181.9 | 161.4 | 157.4 | 148.2 | 150.2 | 119.2 | 55.5 | 41.7 | 1,443.6 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1977年 - 現在)[8][9] | |||||||||||||
歴史
町名は、アイヌ語の「パンケ・ヌカナン」(川下の・ヌカナン川)に由来する。町内に存在する最も古い遺跡は最終氷期の終期頃のものと推定されている。
- 1859年(安政4年)- 松浦武四郎が箱舘奉行に命ぜられ天塩川流域を踏査し、名寄川およびサンル川まで至り、後に『天塩日誌』を著す。
- 1872年(明治5年) - 開拓使宗谷支庁中主典の佐藤正克が名寄川を拠点に翌年まで越冬調査を行い、後に『闢幽日記』を著す。
- 1888年(明治21年) - 名寄川沿原野(名寄原野)に殖民区画が設定される。
- 1897年(明治30年)6月 - 増毛支庁管内の天塩国上川郡に剣淵、士別、多寄、上名寄の各村が置村され、天塩国上川郡戸長役場管轄となる。現在の下川町の範囲は上名寄村に属す。
- 1899年(明治32年)5月1日 - 天塩国上川郡を上川支庁に編入し、剣淵村他3ヶ村(士別、多寄、上名寄)戸長役場を設置する。
- 1901年(明治34年) - 岐阜県郡上郡高鷲村および北濃村(いずれも現郡上市)から25戸の開拓団が名寄原野16線 - 19線に集団移住する(開拓元年)。
- 1902年(明治35年)4月1日 - 剣淵村他3ヶ村戸長役場より分離し、上名寄村他2ヶ村(多寄、下名寄)戸長役場を設置する。
- 1903年(明治36年) - 水稲が試作される。パンケヌカナン駅逓、シカリベツ駅逓が開設される。
- 1904年(明治37年)6月15日 - 上名寄簡易教育所(のちの上名寄小学校、2002年休校、2003年廃校)が設置される。
- 1905年(明治38年)2月26日 - パンケヌカナン駅逓を下川駅逓に、シカリベツ駅逓を一の橋駅逓にそれぞれ改称する(下川の最初の呼称)。五味温泉の発見。
- 1906年(明治39年)12月25日 - 下川簡易教育所(後の下川小学校)が設置される。
- 1907年(明治40年)4月 - 下名寄他1ヶ村(中川)戸長役場を割き、上名寄他1ヶ村(多寄)戸長役場を設置する。
- 1909年(明治42年)4月1日 - 多寄村が離れ、二級町村制が施行され上名寄村となる。
- 1915年(大正4年)11月1日 - 一級町村制が施行され、上名寄村が名寄町となる。
- 1919年(大正8年)10月20日 - 名寄線として名寄 - 下川間の鉄道が開通する。
- 1920年(大正9年)10月25日 - 名寄線下川 - 上興部間の鉄道が開通し、町内を全通する。
- 1924年(大正13年)1月1日 - 名寄町から名寄原野11線以東が分村し、二級町村制が施行され上川郡下川村となる。
- 1926年(大正15年)12月 - 珊瑠鉱山が三井鉱山株式会社による操業を開始する。
- 1941年(昭和16年) - 下川鉱山が三菱鉱業株式会社による操業を開始する。
- 1947年(昭和22年)5月12日 - 下川中学校が開校する。
- 1948年(昭和23年)11月30日 - 名寄農業高等学校下川分校(後の北海道下川商業高等学校)が開校する。
- 1949年(昭和24年)12月1日 - 町制施行、下川町となる。
- 1956年(昭和31年)5月7日 - 一の橋市街大火が発生する。
- 1957年(昭和32年)5月9日 - 下川市街大火が発生する。
- 1981年(昭和56年) - 「ミニ万里の長城」の建造計画。
- 1983年(昭和58年)3月 - 下川鉱山が休山する。
- 1986年(昭和61年)4月 - 珊瑠鉱山が休山する。
- 1989年(平成元年)5月1日 - 名寄本線が廃止され、名士バス等による代替路線となる。
- 2000年(平成12年)10月1日 - 開拓100年記念式典が挙行される。
- 2006年(平成18年)10月8日 - 下川小学校開校100周年記念式典が挙行される。
- 2008年(平成20年) 7月 - 同町が環境モデル都市に選定される。
- 2011年(平成23年)- 同町が環境未来都市に選定される。
- 2017年(平成29年)第1回ジャパンSDGsアワード」本部長(内閣総理大臣)賞。
- 2018年(平成30年)SDGs未来都市に選定。
行政
特別豪雪地帯、過疎地域、振興山村、山間農業地域に指定されている。2008年(平成20年)には環境モデル都市に、2011年(平成23年)には環境未来都市に選定された。
歴代首長
下川村
- 初代 三浦留五郎(以降九代村長まで官選、1924年1月 - 1929年6月)
- 二代 千田貞二(1929年6月 - 1930年9月)
- 三代 倉本壬生造(1930年9月 - 1932年2月)
- 四代 寺田秀一(1932年2月 - 1932年7月)
- 五代 中江庄三郎(1932年7月 - 1933年4月)
- 六代 佐藤敬之助(1933年4月 - 1934年9月)
- 七代 木造右衛(1934年9月 - 1938年8月)
- 八代 森岡幸作(1938年8月 - 1944年5月)
- 九代 宮地誠次(1944年5月 - 1946年11月)
- 職務代行者 新岡剛(1946年11月 - 1947年4月)
- 十代 末武次郎吉(以降公選、1947年4月 - 1949年11月)
下川町
経済
産業
農業
酪農が盛んである。稲作の北限地帯に近く、かつての水田は減反政策により大部分が転作された。主な農産物は、地元で加工されるジュース用や高糖度栽培のトマト、絹さやえんどう等の野菜、小麦、ソバ、もち米などである。
林業
町の面積の約9割を森林が占め、その8割以上を国有林が占める。木材の搬送は、開拓当初は流送に頼ったが、鉄道の開通で輸送効率が改善され、関東大震災の復興材需要の急増で繁栄した。その後、1954年(昭和29年)の洞爺丸台風では約280万石の風倒木被害が発生し、その処理による特需があったが、森林資源の減少、輸入材の台頭などで徐々に衰退している。一方、町では1953年(昭和28年)より本格的な町有林経営を開始し、2003年(平成15年)には4,300haを超える町有林を有し、法正林思想に基づき年間50ha程度ずつを伐採・栽植する「循環型林業経営」に取り組んでいる。また、町内の民有林や国有林を含めて森林認証を取得し、森林の適正管理を推進している。
鉱業
金・銀を産出した珊瑠鉱山と、銅・亜鉛を産出した下川鉱山は、いずれも現在は休山し、事実上廃鉱となっている。これらの他にマンガン、砂チタン、亜炭等の鉱床が確認されている。
工業
商業
- 主に国道沿いや旧駅前通沿いに商店が立ち並ぶ。
農協
- 北はるか農業協同組合(JA北はるか)下川支所
金融機関
- 北星信用金庫下川支店
郵便局
- 下川郵便局(集配局)
- 一ノ橋郵便局
- 上名寄郵便局
宅配便
公共機関
警察
- 名寄警察署下川駐在所
消防
- 上川北部消防事務組合下川消防署
姉妹都市・提携都市
公共施設
国
町
- 公民館
- 町民会館 - 図書室、児童室を併設
- 桜ヶ丘公園
- 総合福祉センター「ハピネス」
- 町民スポーツセンター(第1ホール、第2ホール、柔道場、弓道場)
- B&G海洋センター(プール)
- 町民総合グランド
- スキー場(ロッジ、シャンツェ、スキーハウス)
- 多目的宿泊交流施設「アイキャンハウス」
- 幼児センター「こどものもり」
- バスターミナル合同センター - 旧下川駅跡地
- 地域間交流施設「森のなか ヨックル」
- 下川町環境共生型モデル住宅「エコハウス美桑」
- 下川町共生型住まいの場「ぬく森」
- 木質原料製造施設
- 農村活性化センター「おうる」 - 旧上名寄小学校
- 郷土資料展示保存施設「札天山収蔵館」 - 旧一の橋小学校
- 下川営林署旧庁舎「恵林館」
- まちおこしセンター「コモレビ」
医療施設
地域
人口
| 下川町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 下川町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 下川町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
下川町(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
消滅集落
2015年国勢調査によれば、以下の集落は調査時点で人口0人の消滅集落となっている[10]。
- 下川町 - 珊瑠
教育
交通
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

文化財
- 毘沙門天立像 - 下川町指定有形文化財第1号(1959年指定)、大福寺。平安時代初期の作とされ、1956年(昭和31年)に岡山県倉敷市勝福寺より勧請する。2012年8月大福寺廃寺により指定解除。
- 上名寄郷土芸能 - 下川町指定無形文化財第1号(1964年指定)、上名寄郷土芸能保存会。麦や節、郡上節、小大尽を保存する。
- はるにれ - 下川町指定天然記念物第1号(1964年指定)、下川小学校校庭。北海道100年記念名木、北海道自然保護条例に基づく下川小学校開校記念保護樹木に指定される(1974年3月30日指定)。
- 下川鳴る石 - 下川町指定天然記念物第2号(1982年指定)。中新世の火山噴出物で、振ると球体の空洞内に晶出する石英がサラサラと鳴る。
名所
祭事
- 万里長城祭(5月)
- うどん祭り(8月)
- アイスキャンドルミュージアム(2月)
