侍ニッポン
1931年の映画
From Wikipedia, the free encyclopedia
『侍ニッポン』(さむらいにっぽん)は、1930年(昭和5年)に刊行された郡司次郎正の小説。戦前から戦後にかけて、5度にわたって映画化され、主題歌も大ヒットした。
概要
時の大老・井伊直弼の落胤である新納鶴千代は、自らの出自を知らずにその日その日の出来心で生きるニヒルな侍だったが、水戸で井伊大老の側近である一条成久(架空の人物)の息女・菊姫を救ったことが発端となり、勤皇佐幕で揺れる幕末の政治的動乱に巻き込まれる。安政の大獄を経て、水戸藩士による江戸の桜田における井伊大老の暗殺計画と、恋の未練の狭間で、人間らしく生きようと揺れ動く。
当時ベストセラーとなった郡司次郎正の「ニッポン」シリーズ(『ミス・ニツポン』『マダムニッポン』『侍ニッポン』『ミスター・ニッポン』)の一作。特に『侍ニッポン』はこれらのモダニズム小説シリーズの大衆文学版といった趣で、大正デモクラシーから治安維持法の施行によるプロレタリア弾圧へと至る時の世相を重ね合わせ、1930年の単行本の発売後、大ベストセラーとなった。
「ニッポン」シリーズ前2作のヒット(特に「ミス・ニッポン」は当時の流行語にもなった)を受け、シリーズ3作目にあたる『侍ニッポン』は当初から映画化・レコード化のメディアミックスを前提に書き下ろされた作品で、1930年内の時点で日活によって映画化プロジェクトがスタートしており、1931年度の春季特作映画として公開された。
1931年には徳山璉の歌唱による同名の主題歌が発売された。当時は無声映画時代であるから、映画に直接的に音楽は使用できず、あくまで「映画主題歌」ではなく「小説主題歌」という扱いである。こちらも大ヒットした。なお1935年に阪東妻三郎によるトーキーによる映画が製作されて以後は「映画主題歌」という扱いになっている。
1957年には阪東妻三郎の子息である田村高廣の主演で、松竹により映画化。同年にはテレビドラマ化もされた。
1961年には村田英雄の歌唱によるLP盤が発売される。同年には浅草国際劇場で舞台版が上演され、村田が鶴千代を演じた。
1973年刊の中央公論社版の解説によると、共産党シンパとして官憲にマークされて郡司のアパートに逃げ込んできた「新納時千代」という人物がモデルとのこと。
書誌情報
主題歌
小説主題歌『侍ニッポン』(歌:徳山璉、作詞:西條八十、作曲:松平信博)は、1931年2月に日本ビクター蓄音器(ビクターレコード、現・JVCケンウッド、およびビクターエンタテインメント)より発売された。
1931年だけで10万枚を売り上げるヒットとなり[1]、徳山の出世作となった。なお徳山は歌詞の「新納鶴千代(ニイロツルチヨ)」を「シンノウツルチヨ」と歌っており[2]、後年の別の歌手によるカバー版では徳山に合わせて「シンノウツルチヨ」と歌う者と、原作に合わせて「ニイロツルチヨ」と歌う者がある。
後年に多くの歌手にカバーされており、1961年上演の舞台版で『侍ニッポン』の主人公を演じた村田英雄によるカバーが比較的有名である。
1973年放映のテレビアニメ『侍ジャイアンツ』では、主人公の持ち歌として『侍ニッポン』の替え歌が使用された。なお歌詞の著作権の関係から、ビデオ版以降では鼻歌に差し替えられている(曲の著作権は切れている)。