信州新町化石博物館

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管理運営 長野市
所在地 381-2404
長野県長野市信州新町上条88-3
位置 北緯36度34分19.24秒 東経138度1分16.5秒 / 北緯36.5720111度 東経138.021250度 / 36.5720111; 138.021250座標: 北緯36度34分19.24秒 東経138度1分16.5秒 / 北緯36.5720111度 東経138.021250度 / 36.5720111; 138.021250
信州新町化石博物館
Shinshu-shinmachi Fossil Museum
入口
信州新町化石博物館の位置(長野市内)
信州新町化石博物館
長野市内の位置
施設情報
管理運営 長野市
開館 1993年12月11日
所在地 381-2404
長野県長野市信州新町上条88-3
位置 北緯36度34分19.24秒 東経138度1分16.5秒 / 北緯36.5720111度 東経138.021250度 / 36.5720111; 138.021250座標: 北緯36度34分19.24秒 東経138度1分16.5秒 / 北緯36.5720111度 東経138.021250度 / 36.5720111; 138.021250
外部リンク 信州新町化石博物館
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信州新町化石博物館(しんしゅうしんまちかせきはくぶつかん)は、長野県長野市信州新町にある博物館1993年平成5年)に開館した[1]

信州新町出身の考古学者である西沢勇(にしざわ たけし)が世界53か国から集めた6000点にも及ぶコレクション(西沢コレクション)を、1983年昭和58年)に女寡から譲渡されたことをきっかけとする[2][3]。なお、西沢は信州新町で採れたクジラの化石を見たことによって化石の世界に魅了された[1]。現在では西沢コレクションに加え、田中邦雄のコレクション(田中コレクション)も収蔵している[4]

施設・展示

地上1階、地下1階の施設であり、地上階に展示室やラウンジ、地下階に教室を有する[1]

展示室

新町博士ロボがホタテガイと共に発掘の説明をするコーナーがある。山穂刈のクジラ化石が展示されている。

ラウンジ

図書コーナーや鉱物コーナーがあり、地形模型が設置されている。

教室

ワークショップが定期的に行われている[5]。参加料金がかかる場合がある。

沿革

  • 1938年(昭和13年)11月27日 - 津和村又田羅でクジラの化石が見つかる[6]。現地保存となる
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 津和村が水内村との合併を経て、久米路村となる
  • 1954年(昭和29年)10月1日 - 久米路村が町制施行・改名し、新町が発足する
  • 1955年(昭和30年)3月31日 - 新町が日原村信級村との合併を経て、信州新町となる
  • 1964年(昭和39年) - 信州新町文化財調査委員会によって現地保存されたクジラの調査が行われる[7]。この時点で化石の多くが喪失していた
  • 1967年(昭和42年) - クジラの発掘調査が行われる[7][8]。化石は屋内保存に
  • 1979年(昭和54年)- クジラの化石(山穂刈のクジラ化石)が長野県天然記念物に指定される[7]
  • 1983年(昭和58年) - 西沢コレクションが譲渡される[2][3]
  • 1993年(平成5年)12月11日 - 開館[1][9]
  • 2007年(平成19年) - 保管されている山穂刈のクジラ化石が新種のセミクジラという事が判明し、シンシュウセミクジラと命名される[8]
  • 2009年(平成21年) - 博物館前に実物大ディプロドクス像が設置される。また、茶臼山自然史館よりクビナガリュウの骨格標本が譲渡される[2][3]
  • 2010年(平成22年)1月1日 - 信州新町が長野市と合併したのにともない、長野市立博物館の分館となる
  • 2019年令和元年)11月3日 - ディプロドクス像の塗装工事が終了し、お披露目会が開催[10]
  • 2023年(令和5年)9月15日 - 観光交流人口の増加を目的として、この日から18日の間に「恐竜あらわる!化石博物館を救え!信州新町恐竜化計画」なる催し物が開かれる[11]。以降毎年実施

利用案内

アクセス

脚注

関連項目

外部リンク

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