15世紀、江戸城の支城を構えるのに適した丘陵を探していた太田道灌は、現在の川崎市北加瀬・南加瀬に所在する加瀬台(加瀬山[6])に目を付け、そこに一泊した。その際、夢の中で白鷺が飛来し道灌の兜を持ち去り、しばらく飛んだところで落下させた。目覚めた道灌はこれを不吉な前兆と判断し、加瀬台への築城を断念した。以後、加瀬台は別名「夢見ヶ崎」と呼ばれるようになり、兜を落とされた場所は「兜塚」と呼ばれた。現在の兜塚古墳の地点がそこにあたるとされる。
なお、上記伝承とは無関係であるが、道灌が築城を断念した川崎市の加瀬台(加瀬山)には、加瀬台古墳群(夢見ヶ崎古墳群)が分布している。