六郷満山
大分県国東半島一帯にある寺院群の総称
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歴史
「六郷満山」の由来
国東半島には、中央にそびえる両子山から放射状に伸びる谷筋に沿って、武蔵(むさし)、来縄(くなわ)、国東(くにさき)、田染(たしぶ)、安岐(あき)、伊美(いみ)の6つの郷が開け、六郷と呼ばれていた。また、国東半島の寺院群は、学問をするため本山(もとやま)、修行をするための中山(なかやま)、布教をするための末山(すえやま)の3つの群に分けられ、これらは合わせて満山と呼ばれていた。このことから、国東半島の寺院を総称して六郷満山と呼ぶようになった。
六郷満山文化
修正鬼会
六郷満山の本寺一覧
六郷満山には盛時には65の寺院があったとされ、寺院の目的から本山(学問)、中山(修行)、末山(布教)の3群に分類され、本寺は多数の末寺・末坊を持っている。
この分類自体は古代から存在していたが、全体像が確認できる史料としては、安貞2年(1228年)の『六郷山諸勤行幷諸堂役祭等目録写』や、建武4年(1337年)の『六郷山本中末寺次第幷四至等注文案』が挙げられる。
以下に挙げていない末寺の中で著名なものとしては、本山本寺の西叡山高山寺の末寺とされる富貴寺がある。なお、以下に挙げる本寺の中には現存しないものもある。
本山本寺
- 後山金剛寺
- 吉水山霊亀寺
- 大折山報恩寺
- 鞍懸山神宮寺
- 津波戸山水月寺
- 西叡山高山寺
- 良薬山智恩寺
- 馬城山伝乗寺 - 真木大堂はこの寺の堂宇であったとされる
- 全8寺
中山本寺
- 全10寺
末山本寺
- 全10寺


