内藤友康

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カタカナ ナイトウ トモヤス
ラテン文字 NAITO Tomoyasu
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-09-11) 1986年9月11日(38歳)
内藤 友康
名前
カタカナ ナイトウ トモヤス
ラテン文字 NAITO Tomoyasu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-09-11) 1986年9月11日(38歳)
出身地 神奈川県横須賀市
身長 183cm
体重 80kg
ユース
2002-2004 日本の旗 日本大学藤沢高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2006 日本の旗 名古屋グランパスエイト 0 (0)
2007 日本の旗 アビスパ福岡 0 (0)
2008 日本の旗 モンテディオ山形 0 (0)
2009-2017 日本の旗 福島ユナイテッドFC 118 (0)
2018-2021 日本の旗 東邦チタニウム
通算 118 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

内藤 友康(ないとう ともやす、1986年9月11日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手。ポジションはGK

日本大学藤沢高校卒業後の2005年、名古屋グランパスエイトに入団。しかし、名古屋では楢﨑正剛川島永嗣と層が厚く、出場機会は無かった。

2007年、アビスパ福岡に移籍するも、神山竜一の牙城は崩せず、1年で退団。2008年は、福岡時代の統括部長だった小林伸二が新監督に就任したモンテディオ山形に入団するも、清水健太の存在もあり、出場機会はなかった。シーズン終了後に山形を退団。

2009年、福島ユナイテッドFC(当時東北社会人リーグ1部)に入団。ここでついに正GKに定着。チームの守護神として活躍し、得失点差でリーグ戦2位となったものの、福島の上位進出に貢献した。第89回天皇杯全日本サッカー選手権大会にも出場。1回戦の尚美学園大学戦ではPK戦まで縺れ込むも、2人目から4人目までのPKを止め、2回戦進出に貢献。2回戦のC大阪戦では1失点に抑え、「ジャイアント・キリング」に貢献した。

2010年2月27日、練習中に負傷。検査の結果、右ヒザ前十字靭帯断裂(全治7ヶ月)と診断された[1]

2015年5月27日に行われたJ3第12節・Jリーグ・アンダー22選抜戦(とうほう・みんなのスタジアム)では、フィールドプレーヤーの控えがいなくなった状況でMF安東輝が負傷したため、後半43分からフィールドプレーヤー(FW)として交代出場した[2]。2017年をもって、退団。

2018年、東邦チタニウムサッカー部へ移籍[3]

2021年シーズン、関東リーグ2部ベストイレブンを受賞[4]するも、2022年1月26日、ブログにて引退を発表。また2022シーズンより東邦チタニウムサッカー部のGKコーチ就任[5]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005名古屋34J100000000
200600000000
2007福岡25J200-0000
2008山形3000-0000
2009福島31東北1部140-30170
2010100-0000
20113490-0090
201280-20100
2013JFL340-20360
2014J3110-10120
2015100-00100
201670-2090
2017250--250
2018東チタ神奈川県1部--
201934関東2部170--170
202040--40
通算日本J1 00000000
日本J2 00-0000
日本J3 530-30560
日本JFL 340-20360
日本東北1部 310-50360
日本関東2部 210-00210
日本神奈川県1部 -
総通算 ||||0||0||10||0||||

脚注

関連項目

外部リンク

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