内藤重人
日本の教員 (1965-)
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来歴・人物
小諸高校から日本大学に進み日本大学硬式野球部(保健体育審議会硬式野球部)に入部し野球を続けていたが、陸上競技への適性を感じると共に将来は体育指導者(体育教師など)への道も考え中退し、日本体育大学体育学部体育学科にあらためて入学[1]。野球部退部後、大学2年生から十種競技の選手となり、翌年の大学3年生で関東インカレで優勝、[1]、日本インカレ3位、大学対抗混成選手権で優勝。大学卒業後は大学の助手を務めていたが、コンディショニングの勉強のためアリゾナ州立大学に3年間留学した[1]。
1999年にコンディショニングコーチとしてヤクルトに入団し、2007年より巨人で二軍トレーニングコーチを務め[2]、2012年から一軍トレーニングコーチとして活躍していた。2015年シーズン途中、トレーニングコーチの配置転換により、再度二軍トレーニングコーチを務めることとなった[3]。2017年はリハビリ担当の巡回トレーニングコーチを務める。外国人選手の海外での診察・手術およびリハビリテーションにも帯同。2008年高橋由伸選手の腰痛からの復帰に深く関与している。2018年をもって退団。国内外の医療情報に精通している。現在もアスリートのリハビリテーションやコンディショニングを行っている。
2020年から大学講師を務め、医療資格を取得する。
2023年からサムスン・ライオンズのコーチとなる[4]。2024年限りで退任した。
詳細情報
背番号
- 99 (1999年、2002年 - 2007年)
- 89 (2000年 - 2001年)
- 80 (2007年 - 2009年)
- 121 (2010年)[5]
- 102 (2011年 - 2013年)
- 98 (2014年 - 2015年)
- 105 (2016年 - 2017年)
- 103 (2018年)
- 72 (2023年 - 2024年)