円教坊
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歴史
文永11年(1274年)5月17日、南部実長の招きに応じた日蓮が身延に到着した。日蓮は身延山中の西谷に草庵が完成するまでの約1ヶ月間を甲斐国の布教に専念したが、身延山の北東にあたる杉山集落を訪れた際に一軒の農家で水を求めた。農家の老女が谷下まで水を汲んできたのを見た日蓮がその不便さを哀れに感じ、持っていた杉の杖で地面を掘ると清水が湧き出たという。それ以来この清水は「姥清水」と呼ばれ、裏身延の参道を登る人々に尊重されたと伝えられている。宝永3年(1706年)に圓敎坊日眞が姥清水の霊場に堂宇を建立し「深澤山圓敎坊」を開いた。日蓮聖人姥清水之霊場として隆盛を誇ったが、明治時代には堂宇の老朽が顕著になった。身延山大光坊23世・顯妙院日修(望月是快)の弟子で身延山久遠寺78世・智等院日良(豊永日良)の門人に迎えられた良縁院日顯(野々村是快)が25世として入山すると、布教伝道の伴侶であった鈴野寳光(後の寳光院神通日佛法尼)と共に教線を拡大。明治40年(1907年)8月頃までには総額2600円を掛けて本堂及び祖師堂を全面新築し、日朗及び姥清霊神の尊像や前机及び五具足等の仏具も整えられた。この功績により明治43年(1910年)12月13日付で時の日蓮宗管長(大本山本圀寺48世)の旭日苗より賞状が下賜され、中興を冠される事となった。日顯の退山後も歴代住持により護持され今日に至っている。
伽藍・境内
- 本堂
- 祖師堂
- 庫裡・客殿
歴代住持
| 歴代 | 法号 (俗姓・道号) | 命日(享年[数え年]) | 経歴 |
|---|---|---|---|
| 開山 | 圓敎坊日眞 | ||
| 2世 | 春可 | ||
| 3世 | 惠性 | ||
| 4世 | 義長 | ||
| 5世 | 本立 | ||
| 6世 | 圓立 | ||
| 7世 | 本林 | ||
| 8世 | 了光 | ||
| 9世 | 日達 | ||
| 10世 | 定運 | ||
| 11世 | 日勝 | ||
| 12世 | 光運 | ||
| 13世 | 日滝 | ||
| 14世 | 泉玅院日光 | 天明6年(1786年)11月24日 | |
| 15世 | 豊善院日保 | 寛政12年(1800年)8月12日(68歳) | 西谷檀林 身延山善学院(山梨県南巨摩郡身延町) 玄講 延壽山妙浄寺(山梨県南巨摩郡南部町) 24世 |
| 16世 | 日英 | ||
| 17世 | 日徳 | ||
| 18世 | 日恕 | ||
| 19世 | 日東 | ||
| 20世 | 日要 | ||
| 21世 | 日等 | ||
| 22世 | 日勇 | ||
| 23世 | 日滿 | ||
| 24世 | 日現 | ||
| 中興 25世 | 良縁院日顯[2] (野々村是快) | 昭和14年(1939年)12月9日(67歳) | 寶光山本立寺(神奈川県藤沢市辻堂神台) 開山 源悟山顕正寺(神奈川県相模原市南区) 2世 奴多山十萬部寺(山梨県南巨摩郡早川町) 中興26世 念濟山壽閑寺(神奈川県海老名市本郷) 中興22世 心實結社(神奈川県横浜市磯子区) 中興開創 千住寳光教会(東京都足立区梅田) 開創 寳光一心教会(群馬県桐生市) 開創 寶光山裾野別院(静岡県裾野市) 開創 寶光山大和布教所(神奈川県大和市) 開創 寳光一心教会(神奈川県平塚市立野町) 開創 妙力堂(山梨県南巨摩郡身延町) 開創 |
| 26世 | 日壽 | ||
| 27世 | 日孝 | ||
| 歴世 | (井上竜温) | ||
| 歴世 | (圓山文堯) | 真光山経王寺(新潟県村上市寺町) 43世 | |
| 歴世 | 智積院日寛 (秋山智雄) | 令和5年(2023年)9月25日(満71歳) | 宗門史跡 長栄山本国寺(山梨県南巨摩郡身延町) 56世 遠藤山宗光寺(山梨県南巨摩郡身延町) 歴世 正運坊(山梨県南巨摩郡身延町) 歴世 |
| 歴世 | (秋山経生) | 宗門史跡 長栄山本国寺(山梨県南巨摩郡身延町) 57世 遠藤山宗光寺(山梨県南巨摩郡身延町) 歴世 |
交通
- 中部横断自動車道下部温泉早川インターチェンジから車で約10分
- JR身延線波高島駅から車で約10分
近隣施設
- 日蓮宗総本山 身延山久遠寺 車で約10分
- 富士川クラフトパーク 車で約10分
- 甲斐黄金村・湯之奥金山博物館 車で約15分



