冷やしラーメン
山形県、福島県、新潟県などの郷土料理
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概要
日本各地の冷やしラーメン
山形県
山形県山形市本町のラーメン店「栄屋本店」の初代店主が、夏に冷たいラーメンを食べたいという常連客の要望で開発を始め、試行錯誤の末、1年かけて1952年に完成させた[4][5]。
山形市は盆地に位置するため、1933年7月に気温40.8度を記録し長らく日本最高記録だったほどであり、夏の暑さは厳しい。温かいラーメンの需要は落ち、冷たい蕎麦からの発想で、ラーメンも冷たくなったのではないかと、ラーメン評論家の大崎裕史は推測している[4]。
山形ラーメンは醤油味が圧倒的に多く、山形(内陸部)の冷やしラーメンも同様に醤油味がほとんどである[4]。スープは鰹節や昆布を使った、汁が透き通った醤油ダシとなっている。山形(内陸部)の冷やしラーメンが東京圏に知られるようになったのは2000年頃で、2013年頃の東京では煮干しから出汁をとったアレンジがトレンドになっており、塩味、トマト味、豚骨味など各店舗でのバリエーションも豊かになってきている[4]。
福島県

1952年2月に福島県会津坂下町でも「冷やしラーメン」が誕生している[6][7][8]。
冬に食堂「いしやま」を訪れた、風邪のための高熱で食欲のなくなった女性にラーメンの麺を水で洗って食べさせたのが発祥とされる[7][8][9]。
麺食が経営するチェーン店「喜多方ラーメン坂内」では、平打ち縮れ麺にカツオと煮干しの和風だしの醤油味ベースのスープの「和風冷やしラーメン」を販売しており、2011年にはローソンでも喜多方ラーメン坂内がメニューを監修した冷やしラーメンが期間限定で発売された[10]。
2015年に、発祥の店である食堂「いしやま」と道の駅あいづ 湯川・会津坂下で家庭用商品を発売している[8]。
新潟県
長岡市栃尾地区では
元祖は1935年創業の「鈴多食堂」で、1951年から提供している。3代目店主が3歳の頃、猫舌で熱いラーメンを食べるのに時間がかかっていたことから、父が冷たいスープのラーメンを作ったのが始まり[14]。あまりにも美味しそうに食べていた様子から、店舗でも提供するようになった[12]。
また、1977年創業の「いさみや食堂」は初代店主が麺類組合の会合で出会った前述の栄屋本店店主から「冷やしラーメンが好評」と聞き、試行錯誤を重ねて冷丼を完成させた[14]。
そのほか、栃尾地区には冷丼を提供している店舗が10店舗ほど存在し、その多くは昭和から続いている[14]。基本は醤油味であるが[11]、みそ味や担々麺もあり[15]、店舗によっては薬味にワサビを付けるなど様々な工夫が凝らされている[16]。栃尾の名物油揚げを使用している店舗もある[11]。
2015年には栃尾観光協会が、栃尾の中心市街地に観光客を呼び寄せようと「冷やしラーメンめぐりマップ」を作成した[12][13][17]。冷丼だと分かりにくいのではないかとの理由で冷やしラーメンという名称にされた[12]。
2024年、新潟県と福島県を結ぶ国道289号「八十里越」の開通に向け長岡市と会津坂下町が互いの魅力を発信しようと、両地域のご当地グルメである冷やしラーメンを食べ比べるイベントが道の駅R290とちおで開催された。会津坂下町からは前述の食堂いしやまが出店した[18]。2025年にも開催されている[19]。
東海地方
静岡県旧志太郡(藤枝市、焼津市、島田市)では、水で締めた麺に酢の入っていない甘口スープの「冷やしラーメン」を提供する店もある[20]。発祥は不明だが、1919年創業の「マルナカ」では戦前から冷やしを提供していたという証言がある[21]。
1978年に寿がきや食品が「冷しラーメン」を発売し、以後、東海エリアでは夏の食事として多くの人々に愛されている[22]。
鳥取県
鳥取市のご当地ラーメンに素ラーメンがあるが、鳥取市役所食堂では旧市庁舎時代に、夏季限定のバリエーションとして出汁、麺を共に冷やしてゴマ油を効かせた「冷やしラーメン」が販売されていた[23]。なお、スープは冷やしたうどんつゆとなる[23]。
