出入橋
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史

大阪駅の船溜まりは1876年(明治9年)6月[1]に開削され、出入橋が設けられた。大正初期には大阪駅を発着する貨物の六割以上が舟で運搬されており、一日あたり平均約260隻が発着した[1]。大阪駅は1928年(昭和3年)に旅客専用駅となり、船溜まりに隣接して貨物駅の梅田駅が設けられている。
橋は1935年(昭和10年)に架け替えられている。戦後、駅からの二次輸送が舟から自動車に変わり、船溜まりは埋め立てられてトラックの置き場やコンテナヤードに姿を変えた。堂島掘割はその後も1963年(昭和38年)頃まで残っていた[1]が、阪神高速空港線(現在の池田線)建設にともなって埋め立てられた。その際にも出入橋は取り壊されず、役目を終えた状態で残されている。
また、1926年(昭和3年)に開通した阪神国道が堂島掘割を越える橋は「新出入橋」と命名され、昭和60年頃には姿を留めていたが[1]、国道2号の拡幅により失われた。