前田郁
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鹿児島県肝属郡大根占町(後の錦江町)出身[1]。明治大学政治経済学部卒業[1]。第二次大戦後の1947年、衆議院議員に初当選し、以来当選3回。衆議院運輸委員長、第2次岸内閣運輸政務次官、日本自由党代議士会副会長等を歴任。また、実業家として東京時計製造株式会社専務取締役[1]、東京遊覧乗合自動車株式会社取締役社長[1]、東京ミシン株式会社取締役社長[1]、東京観光バス社長、東京観光自動車社長などを務めた他、国際観光文化協会会長、日本有線放送連合会会長などの公職も務めた。
福島ヨネらと共にモーターボート競走法の制定に力を注ぎ、1951年(昭和26年)6月に成立。東京都モーターボート競漕会を設立したが笹川派の日本モーターボート競走会に吸収された[2]。
1965年3月30日、死去。76歳没。特旨を以て位記を追賜され、死没日付で従四位勲二等に叙され、瑞宝章を追贈された[3]。
出典
- 1 2 3 4 5 『衆議院要覧 昭和22年12月現在 乙』衆議院事務局、1948年、182頁。https://dl.ndl.go.jp/pid/1459148/1/99。
- ↑ 五味武『告発笹川良一と船舶振興会 (ブラックブック・告発シリーズ)』 下、国会タイムズ社、1979年3月、34-35頁。NDLJP:12188315/20。
- ↑ 『官報』第11489号14頁 昭和40年4月1日
