劉献廷
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生涯
学問
王夫之が生きていた当時、彼を学者として知っていたのは劉献廷のみといわれる。顔元の学統を継ぐ王源の友人は李塨と劉献廷だけであった。王源は劉献廷の学問の範囲について「天地陰陽の変、覇王の大略、兵法、文章、典章制度、地方の要害、礼、楽、象緯、医薬、書、数、法律、農業、武器の製造など果てしないほどに広汎な研究を行った」と証言している。
全祖望は「声音の学問においては造化の蘊奥をきわめ、百世の後もなお通用する新研究を行った」との劉献廷自らの評価を是認している。梁啓超は「唐の釈守温が初めて中国のために新字母を創立しようとしてから民国7年教育部の注音字母頒行まで一千年近くたっているが、その間もっとも深く論理的に思索したのは劉献廷である」と考えた。
著書
- 『広陽雑記』
- 『新韻譜』
参考文献
- 王源『居業堂文集』巻18「劉処士墓表」
- 全祖望『鮚埼亭集』巻28「劉継荘伝」
- 梁啓超『清代学術概論』